「あの墓地にね。九百体近い混血の赤ちゃんが埋葬されているらしいんです。名前も素性もわからないまま………」

「どうしてそんなことが」

「ほとんどが、遺棄されてた赤ちゃんらしいんです。だから素性もわからなかったんですね」

「遺棄って、つまり棄てられたということですか。死んだ状態で?」

刑事小説の話ではありません。れっきとした事実なのです。横浜にある根岸外国人墓地。数奇な縁で、この墓地に関わることになった山崎洋子の「天使はブルースを歌う」(亜紀書房/古書1200円)は、戦後占領下の横浜に生きた女性たちの悲哀に満ちた人生を追いかけたノンフィクションです。

筆者が、この墓地の取材にのめり込んだのは、往年のGSバンド「ザ・ゴールデンカップス」が発端でした。ひょんなことから、このバンドのギタリストだったエディ・バンのライブを聴きに行き、引き込まれていきます。俳優の藤竜也が詞を書いてエディが作曲し、彼が歌う「横浜ホンキートンク・ブルース」は、やがて原田芳雄、松田優作、石黒ケイなど渋いシンガーの持ち歌へとなっていきました。わたしも大好きな曲です。

エディから、山手ライオンズクラブの会長と副会長を紹介され、彼らの口から戦後占領軍兵士に体を売っていた女性たちの子供が、根岸外国人墓地に遺棄されていたことを知ります。1946年から47年にかけて、およそ900人。通称GIベイビー。このままでは可愛そうだと、ライオンズクラブとしては慰霊碑を立てる計画があると知らされます。

そしてエディから、慰霊碑設立を記念した歌を作るから、作詞を頼みたいと依頼されます。

「GIベイビーたちの母親は戦争の被害者かもしれないが、死んだ嬰児たちにとっては加害者の一人と言えなくもない。育てられないならなぜ生んだのか、なぜもっと守ってくれなかったのか…….。口がきけるのならそう言いたかった嬰児も多いだろう。また母親のほうも、時代が悪かった、では済まされない罪悪感にさいなまれているかもしれない。自分が産む立場の女だからこそ、わたしはそう思う。」

そういう視点から、彼女は「丘の上のエンジェル」という歌を作詞します。本書は、この嬰児たちの物語を縦糸に、全員混血というレッテルで登場した「ザ・ゴールデンカップス」の物語を中心にGSサウンドが一斉を風靡した時代を横糸に、戦後から経済成長を続けた時代の横浜を描いていきます。

「亡くなった嬰児たちの魂を慰めようなんて、生きているものの傲慢ではないか。多くの犠牲の上にあぐらをかき、経済繁栄の恩恵をたっぷりと受けてきた私たちこそ、その罪深い魂を癒してもらう必要があるのではないだろうか。そう考えた末、同じ時代に生まれ、死んで、あの丘で天使と化した嬰児たちと、生きて、それなりの幸せも苦しみも背負うことになった私たちが、戦後という歴史を振り返ることで心を通わせることができたら……」という気持ちで彼女は作詞しました。(山崎は1947年京都生まれ)

その歌を会場で流し、記念式典をやる段取りだったのですが、硬直化した、過去を何も反省しない行政の壁が立ちふさがります。後半は、行政とのバトルの報告です。戦後の嫌なことを蒸し返すのは如何なものか、という立場に終始する行政。忘れてしまいたい過去。でも、何があったのかきちんと知っておくことが大事なのではないのか?

「日本人のそのような態度、考え方が、ひいては、韓国や中国などに対する戦争責任問題の解決を、かえって長引かせてしまったのではないか」

という山崎の推論は間違っていないと思います。因みに本書は1999年に一度出版されていて、新版として2019年再発行されました。なぜ新版を作ろうと思ったのか。それは行政の記念式典拒絶の姿勢でした。バカですね、行政は…….。