京都新聞朝刊に毎日連載されているコラム「凡語」、本日はこんな文章で始まっています。

「この国の憲法9条はまるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか?戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言っているんだぜー日本のキング・オブ・ロック、故忌野清志郎さんは著書にそう記す。」

昨日、5月2日は彼の命日でした。11年前、彼が亡くなった時の喪失感は、今もそのままです。音楽家としても、人間としてもリスペクトしていました。

小さな出版社、百万年書房から、忌野清志郎「使ってはいけない言葉」(新刊/1430円)が発売されました。これは、様々な雑誌や書籍で書かれた彼の膨大な言葉を、六つのカテゴリーに分類して選び出した本です。

「誰でも好きなことを歌っていいような世界がくるまで頑張りたいと思います。いちいち、反戦歌を歌ったから何だかと言われたりね、そういうことをしないで、反戦歌もラブソングもさ、全部同じレベルで、みんなが素直な気持ちで聴けるその日まで、頑張り続けるつもりで頑張っているんですよ。」

「凡語」によると、彼の母親は再婚で、前の夫はレイテ島で戦死しています。彼が見つけた母親の短歌には、亡くなった夫を思い、「戦争への不条理がにじんでいた」とのこと。だからこそ「『反戦は遺伝子に組み込まれていると思った』と語っている」と書かれています。

反原発ソングを吹き込んだり、「君が代」をパンクロック風に歌ったり、過激な部分ばかりがマスコミに取り上げられていましたが、彼の気持ちとしては、いい歌を歌うだけさ、だと思います。政治的に利用されることを嫌い、その手のインタビューに答えなかったのも彼らしいと思います。残念ながら、58歳で旅立ってしまいました。

音楽家を含めて、表現者を「プロの自由労働者は、才能や技術が枯れてしまったら一寸先は闇、というある種ギリギリの生き方を選択した人間なんだよ」と定義しています。芸術や文化への理解の乏しい政治家たちに聞かせたい言葉です。

私が最も好きな彼の言葉は、これです。

「そう簡単に反省しちゃいけないと思う。自分の両腕だけで食べていこうって人が。」

私は、技術者でもないし表現者でもありません。でも、この言葉には仕事への凜とした姿勢を感じるのです。

東日本大震災の時、もし彼が生きていたら、きっと十八番のカバー曲「上を向いて歩こう」を歌いながら、被災地を回っていたと思います。歌を愛し、人を愛した生涯でした。

お知らせ コロナウィルス感染拡大の緊急事態下、これ以上感染者を出さないために、4月23日(木)より当面休業中です。予定しておりましたギャラリーの個展もしばらくの間お休みいたします。この「店長日誌」は毎日更新していきますので、読んでいただけたら嬉しいです。ご希望の本があれば、お取り置き、または通販も対応させていただきます。(メールにてご連絡ください。)

★★ 5月7日(木)午後2時より4時ぐらいまで開けています。ご用があれば声をかけてください。