店長日誌でよく取り上げる(つまり私のご贔屓の)作家川本三郎が平成8年に出した本を紹介します。思い返せば、本職の映画評論の本はほとんど取り上げていませんでした。

この「君美わしく」(文藝春秋/古書1500円)は、昭和世代の方には、ああ懐かしい、あんな時代あったね、とノスタルジックな気分になれます。

「女優が母であり、姉であり、恋人だった時代の美神17人が著者に語った黄金時代の日本映画と香り高い人生」と帯の宣伝文句にありますが、確かに映画が娯楽の王道だった時代に銀幕でその魅力を振りまいてい女優の姿が再現されています。

高峰秀子、八千草薫、杉村春子、山本富士子、山田五十鈴、司葉子、若尾文子、香川京子、淡島千景など、17名の女優に著者が出会い、映画撮影時の話を聞き出しています。

各女優の聞き取りの後には「追記」があって、漏れた話題やら、エピソードが載せられています。例えば、八千草薫の章では、北杜夫が以前雑誌で八千草と対談した後、書かれたものが載っています。

「八千草さんの映画でいちばん懐かしいのは、日伊合作映画『蝶々夫人』であった。いったいに外人の蝶々夫人は声量はあるがデブで、ピンカートンも愛想をつかすのではないか。八千草さんの蝶々さんは、日本娘の良さを世界に示したもので、特筆に価する」

昭和52年の「女性セブン」の対談なので、仕方ないですが、今なら「デブで」なんて文章は出せないでしょう。

山本富士子へのインタビューでは、彼女の辛い体験、すなわち”五社協定事件”から話が始まります。昭和38年、彼女はそれまでの専属だった大映映画を離れ、フリーを宣言します。しかし、専属女優制度を守りたい映画会社は、協定を結び、彼女の映画出演の道を閉ざしたのです。結果、女優生命が絶たれる危機に直面したのです。役者が作品を選ぶのが当然の現代からは、想像もつきません。しかし、このころの黄金時代の女優たちは、大なり小なり映画会社との戦いを余儀なくされていました。

因みに山本富士子は大阪船場の綿花問屋のお嬢さんで、戦後、京都府立第一高等女学校(現、鴨折高校)で学んだ関西人です。小津安二郎の「彼岸花」では、浪花千栄子扮する母親と老舗の京都の旅館を切り盛りする役で、ネイティヴな京都弁でのやりとりが、とても印象的でした。

決して難しい役者論ではなく、著者が憧れた女優さんたちに会って、ドキドキしながら会話を楽しむ風な本なので、登場する彼女たちの映画が見たくなってきます。

一つ残念だったのは、京マチ子がなかったことです。著者のご贔屓ではなかったのかな……