大阪に来た人、岸政彦。大阪から出た人、柴崎友香。この二人が書いたそのものズバリの「大阪」(河出書房新社/古書1300円)は、二人が交互に地元について綴ったエッセイです。ノスタルジックな思い出ではなく、暗く澱んだ思いや、シニカルな記憶を巧みに織り交ぜているところが、このお二人らしい、と思いました。

柴崎友香は「わたしにとっては、大阪を書くことは、自分の生きてきた時間と場所と、関係ある人を書くことに、どうしてもなってしまう。三十二歳になる直前まで大阪に住んでいたが、身近な人以外とは、そんなに話したこともないし、たとえば飲み屋で隣りあわせただけの人と話すなどということも、もしかしたら一度もなかったかもしれない。」

彼女にとって大阪を舞台にした私小説のような趣で、自分が育ったこの街と人を見つめていきます。

岸も同じようなことを書いています。「宇宙でいちばん好きな場所はどこか、と聞かれたら、間違いなく、この淀川の河川敷だと答えるだろう。いままで聞かれたことはないし、これからも聞かれることはないだろうけれども。」と。

面白いことに、二人とも若い時、ひたすら自転車に乗って、大阪の街中や、淀川べりを無意味に走った経験を持っていました。その風景が、いつの間にか自分の心の中に定着し、自分なりの大阪の風景になっているのです。

「大阪環状線は名前の通りに環状でいつまでも乗っていられるから助けてくれた」と柴崎は、今はもう走っていないオレンジ一色の四角い車両を思い出します。彼女は中学時代、学校との折り合いが悪くなり早退を繰り返しました。そして逃げ込んだ先が環状線だったのです。最低賃金の切符を買い、何時間も乗っていたそうです。唯一「誰かに会わず、お金がなくても過ごせる場所だった」のです。

こんな風に大阪で暮らしてきた二人、片や小説家の、片や社会学者の視点で、この大都市の断面を語ってくれます。「大阪が好きだ、というとき、多分私たちは、大阪で暮らした人生が、その時間が好きだと言っているのだろう。それは別に、大坂での私の人生が楽しく幸せだった、という意味ではない。ほんとうは、ここにもどこにも書いてないような辛い事ばかりがあったとしても、私たちはその人生を愛することができる。そして、その人生を過ごした街を。そういうことが、大阪が好き、街が好きということなんだろうと思う。」

鶴橋近くで、自転車に乗ったおっちゃん二人がでかい声で「あっちむいても、こっちむいても、コロナだらけになってしまう。」と言っているのを聞いた柴崎は、

「ああ大阪やなあと思う。このリズム感。あっちむいても、こっちむいても、コロナだらけになってしまう。 ならへんわ、と思わずツッコみたくなる。このリズム感すごい。

あっちむいても、こっちむいても、コロナだらけになってしまう。口に出して言ってみてほしい。」と、その後も次々聞こえてくる大阪弁の会話を楽しむのです。

 

 

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