セクハラ報道後、すっかり見かけなくなった香川照之ですが、「宮松と山下」(京都アップリングで上映中)は、香川の実力を遺憾なく発揮した映画でした。

「新しい手法が生む新しい映像体験」を標榜して立ち上がった監督集団「5月」は、NHK教育番組「ピタゴラススイッチ」の監修やCMデイレクターを務める佐藤雅彦と、NHKドラマ演出家として活躍してきた関友太郎、メディアデザインを手がけ多方面で活動する平瀬謙太郎の3人のチームです。過去に2本の短編映画を制作しましたが、長編映画はこれが初めて。劇場映画で複数の監督が演出するのは、極めて珍しいケースです。

香川が演じるのはエキストラ俳優の宮松。日替わりどころか、分刻みで端役を演じる日々を、カメラが追いかけます。エキストラ俳優の映画のはずが、派手な殺陣で始まるトップシーンに、あれ?違う映画かな?と思ってしまいそうなぐらい、きっちり作られています。物語が進むに従って、何度かエキストラシーンが挿入されるのですが、日々を生きる宮松なのか、それとも役者の彼自身なのか迷うところが、面白いスタイルです。

実は、宮松は記憶が全くありません。過去、どこで何をしていたのか、家族はいたのか、何も思い出せないのです。ひたすら毎日殺され続け、毎日渡される脚本の数ページに書かれている主人公ではない人生を演じているのです。そんな時、彼をTVで見た元同僚がやってきます。同僚によると宮松はタクシー運転手だったらしい。妹がいて、今は夫と暮らしていることを知ります。意を決して宮松は妹に会いにいきます。妹は、宮松も暮らしていた実家に住んでいました。

このあたりから、映画は不気味な雰囲気を醸し出します。いや別に、恐怖を誘うような演出やら音楽というのではなく、カメラがひたすら実家を見つめ、宮松が所在無げに座っているだけなのですが。

そして、とあることで彼は記憶を取り戻すのですが……..。さて何があったのか、これは言えません。過去に、妹の夫から突きつけられた言葉が、心の奥に食い込んでいました。あれは真実だったんだろうか、いや違うはずだ。茫洋としたままタバコを手にする香川の表情から目を離すことができません。そして、地元に引っ越しする段取りになっていたのに、急遽この地を離れ、またエキストラ稼業に戻ります。時代劇の扮装をしてロケに向かうバスの中で、微笑みを浮かべる微妙なアップで映画は終わります。この微笑みは何?見る人に様々な想像をさせるラストシーンです。

単独で映画を引っ張る香川の実力を堪能しました。