黒川創の400数ページにわたる長編小説「岩場の上から」(新潮社/古書1300円)は、傑作中の傑作と言っても過言ではありません。

黒川は京都出身。鶴見俊輔に誘われ、「思想の科学」編集委員として評論活動を開始。99年「若冲の目」で小説家デビューしました.。2009年「カモメの日」で読売文学賞受賞と小説家として順調に滑り出しました。伊藤若冲を描いた「若冲の目」と、毎日出版文化賞受賞作品「京都」が、私のお気に入りでしたが本作はそれらを凌駕する小説でした。

時は2045年。北関東にある小さな町「院加」に、核燃料処分場が地下深くに建設されるという噂が流れます。物語はそんな町にふらりとやってきた少年シンと様々な影を抱えて生きる人々の関わりを通して、「戦後100年」の視点で日本の現在の政治的状況と、危機迫る未来を描いていきます。と言っても、これはサスペンス小説でもSFでもありません。確かに、現政府を奥で操っている”総統”と呼ばれる人物が存在したり、「戦争には行きたくない、家に戻りたい」という思いだけで中東へ派兵の決定していた兵士200人が、原子力発電所に籠城するという描写もありますが。

ひたすら戦争へと向かう国を象徴的に前面に押し出しながら、そんな時代をどこにでもある町でどんな風に人が生きてきたか、その日常をリアルに描いていきます。妻を亡くした不動産屋、駆け落ちした男女、ボクサーへの道を断たれ軍隊に入隊した男とその妹、夫が出て行った後、町に残って八百屋を切り盛りする妻などが登場します。さらに、首相官邸への住居侵入罪で服役中のシンの母親が登場してきます。彼らが入れ替わり立ち代り登場し、ほんの少し先の我が国を見せてくれます。

ところで、小説に登場する総統はもともとは我が国の首相でした。その人物のことがこう書かれていました。

「現役首相だったころ、あの人物は、未成熟な印象ばかりが強かった。答弁なんか聞いても、ひたすら機械的、表層的で、相手がどう出てきても、結局『断固やります』か、『いいえ、やるつもりはありません』か、切り口上 で終わってしまう。まちがっても、互いの発言がかみあって、やりとりが成り立つということはない。あれは、たぶん、子どものときからのものだったんだろう。」

これって誰かに似てますね。ということは、こいつが日本を戦争へと導くのかと思うととても近未来のお話とは思えません。

★レティシア書房年始年末のお休み 12月29日(日)〜1月6日(月)

新年は1月7日(火)から通常営業いたします。ギャラリーは「本づくりへの願い 版木とともに」(by法蔵館)です。よろしくお願いいたします。

 

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