中島京子が、どこにでもある家族を描いた長編小説、「彼女に関する十二章」(中央公論社/古書1200円)、「長いお別れ」(文藝春秋/古書1150円)を連続で読みました。

家族って、めんどうだなぁ、でも、しかしなぁ〜という実感は誰でもお持ちでしょう。そこを見事に突いて、読んだ後、まぁ仕方ないね、自分の人生だからね。とちょっと前向きになれるお話です。決して「泣ける」とか「涙が止まらなかった」的な陳腐な小説ではありませんので、ご安心を。

今日ご紹介する「彼女に関する十二章」は、初老にさしかからんとする夫婦の物語です。

「どうやらあがったようだわ。こんなにきれいに、まるでお役所仕事のようにきっぱりと容赦なくあがるとは思わなかった。五十歳の誕生日を過ぎてからこっち、きっぱりと月のものが無くなった。」

という主人公の主婦、宇藤聖子のひとりごとで始まります。ライターの夫と、遠くの大学に通っている一人息子、そして自分は、パートをしながら家計を支えるという、典型的な家族の日常が描かれます。現状への不満はないものの、忍び寄る将来への不安。

そんな時、彼女の小学校時代の初恋の男性の息子が現れます。「父親が亡くなりました」という報告と共に。彼の息子の表情に過去の淡い思い出が甦りますが、この二人が恋に陥るわけではありません。これまでの日常になかった感情に揺さぶられる主人公。さらに、パートの仕事で舞い込んだ新しい職場と、その職場で出会った風変わりな老人片瀬。根無し草みたいな生活を続ける彼はこんなことを言います。

「便利ということに興味が持てなくなったんです。」「便利である必要があるのか、何にとって便利か、ということを突き詰めるとめんどくさくなってきて、興味がなくなってしまったんです。」

この老人との付き合いやら、突然女の子をつれて帰ってきた息子の登場やら、それなりに人生は動いていきます。もちろん「寒い日に身体の節々が痛くなったり、シャンプーをいくつ変えても髪型が決まらなくなったり」というこれまでとは明らかに違う兆候を意識せざるをえなくなり、確実に老いは近づいてきます。でも納得して生きるしかないね、ふふふ……、と笑って小説の幕は降ります。

「そう言えばここ二三ヶ月、月のものがないけど、こんどこそ、あがったのかなと考え、どことなく月経前症候群めいた下腹の張りがあるのに気づき、きっぱりとあがらないのよ、予断は許さないのよ、と、一人、カフェオレとトーストの朝食を摂りながら、聖子はいつものように脳内独白を続けた。」と。

「生きるって予断は許さない」というのは真理です。

明日は、老人介護真っ最中の家族を描く「長いお別れ」を紹介します。