「ぽっくりと盛り上つた二つの乳房が、歩くたびに、踊るのは別として、くびれた胴からものう気にひろがった腰のふくらみには眼を見張るだろう。その広さの中に海あり山あり、谷ありして、男を迷宮の内にさそい込んで了う。」

これ、日本画家、東郷青児の「窓から飛下りた薔薇」という短編に登場する樹里という女性を描いた文章です。「戀愛譚 東郷青児文筆選集」(創元社/古書1800円)は、神秘的な女性像を描く東郷が、少女の生態や恋愛をテーマにした文筆作品を集めたものです。

ご紹介した「窓から飛下りた薔薇」は昭和27年に発表されています。さらに遡って、昭和11年「星のハウス」で、こんなモダンでセンスのいい文章を書いています。

「『こんな春はまたとない』アド・バルンの広告文字が少し煙った空にゆらゆらとゆらめいている。流行歌の題だ。しかし私は、お目出度くうなづきながら、『またとない春』の中を泳ぐ心地で銀座をぶらついている。うす色の女の襟巻がなまぬるい風に弄ばれて、いたづらつぽいささやきが耳につく」

東郷の絵画にまつわるエピソードで、「香水を一滴たらして画面全体に夢見るような雰囲気をもたらす。」という表現があると解説で述べられていましたが、文章もまた、官能的、幻想的、少女趣味的なものが一体となって、まさに夢見がちな世界を表現しています。

「月の光が私の寝室にあふれていた。水のやうな月の光は私の羽根ぶとんを透して水のやうに私の心臓へしみ込んだ。月の光はそれ自体が女性であるから私はその光によってあやし気なまぼろしを描きつづけたのであらう。」なんて、「よるとひる」に出てくる文章は、東郷ワールドの極みですね。

東郷は若き日、竹下夢二夫人たまきに頼まれて、文具などの商品の版下にするために夢二の画集から絵を写す作業をしていた時期があります。このたまき夫人も、「夢二の家」という短編に登場します。「首すじから指の先まで一世を風靡した夢二の絵そっくりで、なんとなく店に集まるファンの連中を夢二の空気の中にとけ込ませてゆくような感じだった。」と書いています。

通俗的!と言ってしまえば、そうかもしれませんが、ゆらゆらと立ち上るエロスの香りに浸れます。もちろん、夢二のイラストも収録されています。ミュージシャンの小西康陽が「恋愛を人生の総てと考える人々」というタイトルで寄稿しています。

これで東郷に興味を持たれた方には、愛人だった宇野千代が書いた「色ざんげ」もどうぞ。