京都の出版社エディションエフより発行された、清水哲男写真集「揺れて歩く ある夫婦の一六六日」(2420円)刊行を記念して、写真展が本日より始まりました。

エディションエフさんとは、2015年くらいからのお付き合いになります。確か、山川三多著「昼のビール」を持ってこられたのが最初だと思います。(ブログにも掲載しました)

清水哲男さんは、京都出身、現在は鹿児島県に住んでおられます。世界を放浪し、本もたくさん書いて来られました。今回の写真集「揺れて歩く ある夫婦の一六六日」は、京都の年老いたご両親の姿を、一番身近な人であるがこそ、ある距離を保ちつつ、しかしまた息子であるが故に捉えられたショットの数々が鮮やかで胸を打ちます。

父親の良一さんは、代々続く指物師の六代目。その道を著者は継ぐことはありませんでした。母親の千鶴さんは、大正13年京都生まれの歌人です。旧制女学校時代、石川啄木の歌に触れ、短歌を詠み始めた、と書かれています。「うちの歌なんか誰も読まんやろ」と、歌集の出版を拒み続けてきました。千鶴さんは、どの社中にも与せず一人で歌を詠んでこられましたが、八十九歳になった2012年、お父さんがどうしも出してくれと、ということで、2014年に歌集「日々訥々 清水千鶴の一日一首」を出されました。今回、その素敵な歌集も販売しています。(2200円)

「父と母は、朝起きて夜寝るまでの一日の大半を食卓を置いた二畳の間で過ごす。ここが二人の世界だ。手をのばせば必要なものはなんでもある。」お年寄りの居間というのは、あまり動かなくても手が届くように、たいていこんな風にゴチャゴチャと物が詰まっています。私の父が座っていた周りもそうだったと思い出しました。夫婦は、機嫌よくそんな住み慣れた空間に暮らして来られました。

「この時、母九十一歳、父八十六歳。間違いなく夫婦は『死にゆく自分』と『生きていく自分』の間を揺れながら歩いていた。」その一年後2015年、父親が末期ガンとわかり、そこからまた、夫婦、息子と父親、母親と息子、様々に揺れる様子がカメラに収められ、正直な言葉で丁寧に綴られていきます。この写真集は、老夫婦の最期の日々を綴った記録であり、死にゆく父親に寄り添う著者の深い思いが綴られ、そして長年の道連れを亡くした母親の生死観が書かれた本です。

私は「あとがきにかえて」で書かれた著者の文章に泣きそうになりました。家業を継がなかったご本人の思いや、その時のご両親の気持ちが、歳を重ねると心に沁みます。

「桐箱をつくり継ぐ子もなき幸せとひかる刃物を灯にかざす夫」これは家を手放すにあたり、200年の歴史を刻んだ仕事場を父子で片付けたあと、息子を見送った時に、お母さんが詠んだ歌です。

清水さんのこの写真展を、一人でも多くの方に見ていただければと思います。(女房)

 

 

「揺れて歩く ある夫婦の一六六日」清水哲夫出版記念写真展は、9月2日(水)〜13日(日)  13時〜19時 月火定休