一昨年でしたか、「mal”創刊号」が出た時、あっと言う間に売切れた記憶が残っています。今日ご紹介する本誌は、正確には「隣町珈琲の本mal”02号」(1540円)と言います。主宰者の平川克美さんは、「隣町珈琲」の店主で多くの著書があります。以前当ブログでも「見えないものとの対話」を紹介しましたが、最近気になっている評論家の一人です。

本好きならば、読みたいと思わずにはいられない面子が、今回並んでいます。

銀閣寺の「古書善行堂」店主山本善行さんが「『古書善行堂』は『町の灯』になれるか」と、コロナ禍で悪戦苦闘する店の様子と、新しい試みでお客様を開拓している様子を報告されています。

また、人文系私設図書館ルチャ・リブロ店主の青木真兵さん(2月に当店でも個展をしていただきました)が、とても素敵な文章を寄せておられます。田舎に建てた図書館は、何かと地元の行事参加が多くなります。

「山村での生活は、共同墓地の清掃や地区の消防団の活動など、地縁と血縁が要です。この『濃い縁』の中での暮らしは、都会で生活していた頃には全く興味の湧かなかった『あるもの』にハマるきっかけを与えてくれました。それが映画『男はつらいよ』です。」

なんで寅さんが登場するの?まさか人情がどうのこうのとかいう話なの?いえ、違います。詳しく本書をお読みください。青木さんの物の考え方がわかると思います。

「夏葉社」代表島田潤一郎さん、古本屋「山王書房」店主関口良雄さんのご子息の直人さん、平川克美さんとの「『昔日の客』が残したもの」と題した座談会は、古書好きには注目です。「昔日の客」は、夏葉社から再発されていて、 関口良雄さんの、本と作家への愛情あふれる随筆集です。この本を巡っての三人の座談は、心から本を愛している心情が伝わってきます。(右は夏葉社版「昔日の客」)

小説、エッセイ、詩と盛りだくさんな一冊ですが、最後に古屋美登里が、自身翻訳した「その名を暴け」(古書/1500円)について書いています。「#MeToo運動」の先駆けとなったハリウッドを揺るがしたスキャンダル事件について、執拗に追いかけた女性記者のノンフィクションは、昨年ブログでも取り上げましたが、こちらもぜひお読みください。

 

「ゆっくりと読まなければならない」本というものがあります。難しい理論や、抽象的概念を論じたものではなく、言葉はフツーなんだけれども、ゆっくり、噛みしめなければ何も残らない本。今、再読している石牟礼道子の「椿の海の記」なんかまさにそんな一冊です。(また、ブログでご紹介します)

中央公論社で「婦人公論」の編集長を勤め、2010年から新潮社の「考える人」の編集長を務める河野通和の「言葉はかくして生き残った」(ミシマ社2592円)も、やはりゆっくりと読むべき本です。基本的には書評集なのですが、取り上げた本への著者の思いや、或は作家が使った言葉への敬意が散りばめられたエッセイと言った方が的確です。

「こんな古本屋があった」で取り上げられているのは、関口良雄の「昔日の客」(夏葉社2376円)です。1977年、59歳で亡くなった「山王書房」店主、関口良雄が古書組合の組合報に書いた文章をまとめたものですが、書物への愛情と、古書店主としての矜持が迫ってくる名著です。河野は、この古書店のことを沢木耕太郎の「バーボン・ストリート」で知ったこと、そして店主と、42歳で急逝した作家、野呂邦暢の交流を紹介しています。これがいいんですね。店主としてかく有りたいと思わせるハートウォーミングなエピソードです。

そして、店主のご子息が、父親の仕事をこう語っていたことを紹介しています。

「古本屋という職業は、一冊の本に込められた作家、詩人の魂を扱う仕事なんだって。ですから、私が敬愛する作家の本質は、たとえ何年も売れなかろうが、棚にいつまでも置いておきたいと思うんですよ。」

こういった文章が37章収められています。ささっと読むにはあまりにも惜しい。私は店を開ける前に一章ずつ読んでいます。

「安部公房と堤清二」で描かれる堤清二像も、文学に携わる者の姿勢が明確に出ていました。とある文学賞授賞式会場で、あまりにも露骨で安易な身内受けスピーチを発言した者と、そのスピーチをヨイショした主宰者の態度に堤は、同席していた河野に自分の怒りを伝えます。それを受けて、堤の、そしておそらくは自分自身の、文学への思いも含めてこう書きます。

「あらゆる人間的行為の基底をなすのは文学ではないか、それを軽んじる者、侮る者、汚す者を許すわけにはいかない」

日頃は控え目に、私は文学をする者として初心者ですからと、安易な文学論を口にしなかった堤の怒りに「文学に寄せる思いの強さとともに、堤さんの魂そのものの底なしの暗闇に畏れを感じたのでした」

真摯に文学に、言葉に、向き合った河野通和の一貫した生き方を知る絶好の本だと思います。

著者が編集長を務める「考える人」は4月4日発売号で廃刊になるらしいです…….。残念!