林立夫の名前を聞いて、あぁ、あのドラマーかとピンときた方は、多分40代以上の日本のポップスファン。林は1951年生まれで、12歳の頃からドラムを始め、ユーミンのバックや、細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆らと組んだティン・パン・アレイなどで活躍しました。林の自伝「東京バックビート族」(リットーミュージック/古書1500円)は、音楽ファンはもちろんこと、仕事の本質を考えている人にも読んでほしい一冊です。

高橋幸宏との対談などが収録されていて、貴重な話が聞けます。その中で、一世代若いドラマー沼澤尚とのトークで面白いことを言っています。

昨今のコンピュータ制御の電子ドラムセットには、数多くの有名ドラマーの叩く音がサンプリングされていて、誰でもがそれらしい音を鳴らす音ができるのだそうです。それに対して、林は「色気がないね」と答えています。自分が追い求め、鍛錬した結果出てくるものにしかない感じを、彼は「色気」と呼んだのだと思います。

林は、細野やユーミンたちと作ってきた音楽を「自分たちが東京で生まれて育ったことが大きい」と発言していますが、皆それなりに裕福な家庭で、お坊ちゃん、お嬢ちゃん育ちの良さが音楽に反映しているのだと思います。林自身、青山育ちの慶応ボーイです。ここで、彼の義兄のことをこんな風に語っています。

「ひとりでシルクロードに行ったり、レースはやるわアイスホッケーはやるわ、そういう人だった。ちょうど加山雄三さんを思い浮かべてもらえればわかりやすい。スキーはうまいわギターも弾くわヨットにも乗るわ、そういう万能さがヒーローだった時代。もちろん、それができた経済力があってのことだけれど、加山さんも慶応だし、加山さんのカルチャーのラインというもがあったと思う。」

主義主張はともかく、学生運動をしている連中は「ダサい」というのが私の大学時代の風潮でした。神戸のミッション系の大学に通い、金銭的に不自由な思いもあまり経験したことがなかったし、プロテストソングよりも、林たちの作り上げた東京シティミュージックに惹かれていました。大学の集会にもいかず、女の子のことばかり考え、山下達郎に夢中になっていた時代でした。そして今でも、林たちが築き上げた音楽を聴き、彼の本も夢中に読んだのでした。

1976年TVに出演した荒井由実とティン・パン・アレイの演奏風景など貴重な写真も沢山収録されています。youtubeには、ユーミンと林、細野、鈴木、松任谷が会したライブの模様がアップされています。こちらもぜひご覧ください。