私は熱心な石牟礼道子ファンではありません。まだ代表作「苦海浄土」も読んでいません。しかし、池澤夏樹が編集していた日本文学全集に収められた「椿の海の記」、「水はみどろの宮」には心動かされました。以前ブログに書いたことがありますが、今一度ご紹介します。

「苦海浄土」を発表されたのが69年。それから4年後、筑摩書房の「文芸展望」創刊号から連載されものが「椿の海の記」です。76年朝日新聞社より単行本として発行されたものが手元にあります(古書1200円)。小説なのか、彼女が育ってきた郷土への想いを綴ったエッセイなのか、いずれにしても豊饒な郷土、不知火を描ききった作品だと思います。

帯に瀬戸内晴美(寂聴)が書いています。

「不知火沿岸は、この女詩人の記憶の中では光と花と風と海のささやきにつつまれた、この世ならぬ浄土である。その美しさを希有で完璧にえがききることによって、冒され、汚された故郷の現実の悲惨を無言のうちに告発する」

「光と花と風と海のささやきにつつまれた、この世ならぬ浄土である」は、この作品の本質だと思います。四季折々の風景と、そこに生きる人達の自然と対峙した生活を、練り上げられた文章で描いていきます。むっ〜と肌に覆い被さるような夏の熱気、突刺さるような冷気が漂ってきます。

「色どりあでやかな、熱気を帯びた天乞いの行列が、汗をふりこぼし、山の迫々からそのようにしてくり出して、町方のドラと合流し、渦巻き状となりながら、道の幅に従ってほそく伸びたり、ひろがったりして来る。行列はもう連日、炎天下の行事に憔悴しきっているのだが、神を招ぶものの目つきになって栄町どおりまで来て、浜辺をさしていた。」

踊り狂う天乞いの行列の汗が飛び散ってきそうです。池澤夏樹がゆっくり、ゆっくり読む本だと書いていたと記憶していますが、一行一行、声に出して読んでいきたい、長い長い詩なのかもしれません。

一方、「水はみどろの宮」(福音館文庫/古書400円)は、壮大な神話的ファンタジーです。千年狐のごんの守と共に山の彼方へと飛んで行けそうです。石牟礼と同じ熊本出身の坂口恭平は「みっちんの本は音符のない楽譜だ。わたしはつい歌ってしまう。歌っていると山の精がとんできて、アスファルトから草がもさもさと生えてくる。」と賛辞の文章を書いているのですが、上手いなぁ〜この言い方。ホント、この通りなんですよね。

「苦海浄土」が取り上げられることが多いのですが、是非この二作品を読んでもらいたいものです。

石牟礼さんのご冥福を御祈りします。

★お知らせ★

  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)月曜定休日

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけにお越しくださいませ。(古本市準備のため19日、20日は連休いたします)

 

石牟礼道子を、今年に入って読んでいます。彼女は「苦海浄土 わが水俣病」があまりにも大きな存在であるために、門前で後ずさりしてきた作家でした。しかし、以前にブログで紹介した「椿の海の記」以来、その豊かな世界に魅了されてきました。

今回、読んだのは彼女のファンタジー「水はみどろの宮」(平凡社/初版/絶版1500円)。阿蘇山に近い村で祖父と暮らすお葉。彼女が、山犬らんと深い山奥に入ったり、霊位の高い白狐のごんの守や、霊力のある片耳の猫おノンと交流を深め、人の入ってこない山々を疾走し、大空へと飛翔するお話です。

「山ちゅうもんは、どこまで続いとるか。人間の足では、歩き尽くさんぞ。山があるからこそ川も生まれる。お山は川の、いや人間の祖さまじゃ。そう思わんか、お葉」と爺様に言われたお葉は、彼女にだけ寄り添うらんを伴って山の奥に入っていきます。石牟礼の不思議な世界は、お葉と共に岩を上り、川を渡ってゆく感じです。これ、どこかで見たかもなぁ〜と記憶を辿ると、宮崎の長編アニメ「もののけ姫」の世界でした。あの映画に登場する山犬の姿は、そのまま、らんにスライドします。

物語は途中で、主人公が、お葉と山犬らんから、猫のおノンに変わります。この猫が実に魅力的で、読者を引っ張っていきます。

「いちばんよごれているのは、このあたいじゃ」と拗ねた目で、世間から身を引いた感じが魅力的な猫です。ラスト、盲目になって、お葉と爺様の所に白い仔猫と帰ってくるのですが、その姿が目に浮かんできます。作者はあとがきで、この二匹の猫をこう書いています。

「黒猫おノンと白い子猫は、わたしの仕事場での、大切な家族だった。死なれてしまってたいそう悲しくて、ついにこういう姿で甦らせたのである。死んだ姿をみて、つくづく『変わり果てるとはこういう姿をいうのか』と思ったが、甦らせてみたら、生き生きと霊力をそなえ、もう死なない姿になったと思う」

「苦海浄土 わが水俣病」完成後、長きにわたる水俣病との付き合いで命を擦り切らした彼女は、「水はみどろの宮」に登場する異界に居座ることで、己を癒し、命を再び燃やそうとしていたのかもしれません。それ程に魅力的な世界です