書評家の岡崎武志さんの「ここが私の東京」(扶桑社1100円)が入荷しました。関西での青春時代を経て、東京への憧憬を捨てきれず、上京して20数年。東京暮らしの高揚と失意の繰り返しの中で読み続けた多くの作家と、彼らが生活した東京の様々な場所を歩き、追想しています。

東京の地理は全く頭に入っていませんが、岡崎さんに連れられて、この場所、あの場所と、一緒にブラブラした気分になります。取り上げられる作家は、佐藤泰志、出久根達郎、庄野潤三、司修、開高健、藤子不二雄、石田波郷、富岡多恵子の作家と友部正人、松任谷由実の二人のシンガー&ソングライターです。

この中で、石田波郷だけは全く知りませんでしたが、それもそのはず、現代俳句を代表する俳人の一人だったのです。若くして(昭和7年)上京し、俳人として活動を始めますが、召集され戦地へ。しかし結核を発病し入院し、その後、再発と入院を繰り返します。そして、死を見つめた暮らしが始まります。

「私は絶望はしない。然し手近に掴めそうな希望はもたなかった。希望がなくても生きてゆける、一日一日の生を噛みしめて味わうような生き方を求めた。それはものを深く視つめてそこに己れを徹れせることであった。」という石田の言葉に対して、岡崎さんは

「こういう境遇を、健常者が得ることは難しい。死の谷に歩み行った者のみが、地に触れてつかみ得るひとくれの砂のごとき、苦いが確かな感触であった。」と書いています。

石田は昭和32年、読売新聞に「江藤歳事記」という俳句+写真+随筆というユニークな連載を始めました。その晩年を描く岡崎さんの文章が素敵です。

「長い人生の一部を切りとって、人生の一瞬を永遠にして描き出すことを『スライス・オブ・ライフ』と言う。手法こそ違え、写真と俳句はその店でよく似ていた。上京して二十五年、東京でようやく得た春のような日々であったが、病はいつしか進行し、波郷に残された人生はあと十年あまりしかなかった。」

 

友部正人、松任谷由実については、明日ご紹介いたしますので、お楽しみに。

蛇足ながら「江東歳事記」は「江東歳事記・清瀬村(妙)−石田波郷随想集」として講談社文芸文庫から出ていました。絶版ですが、近日入荷します。