岸本佐知子、柴田元幸、高橋源一郎、堀江敏幸等、翻訳家として、あるいは作家として第一線で活躍する12名の対談を集めた「翻訳文学ブックカフェ2」(本の雑誌社1200円)が入荷しました。

先ず、マンハッタンで酒とドラッグに溺れてゆくヤッピー青年を描いたジェイ・マキナニーの「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」を、高橋源一郎が翻訳した顛末記が面白いです。滅茶苦茶に〆切に遅れてしまった話に始まり、日本語、英語の持つ潜在的な力まで語ってくれます。英語が原理的に男性的で、自己中心的な言語であり、9・11以降のアメリカの体制は男性原理主義社会の成れの果て状態になっているのに対して、日本語をこう解説しています。

「日本語は二千年間、他者の文物を輸入しては無限定に交配しまくってきた。これこそがこの国を長生きさせてきた原理みたいなものだと僕は思います。だから元気がなくなったらどんどん輸入しちゃえばいいんですよ。そしてがんがん異種交配したらいい。」そこから新しい小説が登場してくると結んでいます。

海外文学に興味のない方でも、どんどん読んでいけるところがこの本の良さです。原作にぶつかって悪戦苦闘しながら、作者の選んだ言葉の持つ意味に合致した日本語を、手探りで見つけてゆくスリリングな姿は感動的です。

エッセイストとしても人気の岸本佐知子さんは、翻訳家志望の人には、必ず一度は就職しなさいとアドバイスするそうです。それは、「会社のような、縛りのきつい環境で発せられる言葉こそが、本当に生きた言葉だと思うんですよ。それに、その言葉には必ず表情や匂いや空気がくっついてきますよね。それはものすごく貴重なデータベースなんです。今翻訳をする上で、六年半勤めていたときの経験は、本当に貴重な財産になっています」

生きた言葉をストックするには、足かせガンジガラメの状況に身を置くということですね。この本の対談の時、彼女はジャネット・ウインターソンの「灯台守の話」(白水社1100円)翻訳中で、いかにこの本に美しい表現が散りばめられているかを力説されています。この本については、当店の海外文学ファンのお客様も、やはりその美しさを語っておられました。

「愛している。でもこの世でもっとも難しい、三つの単語。でも、他に何が言えるだろう?」

このエンディングに乾杯です。

海外文学の翻訳家として、一番人気は柴田元幸ですが、岸本佐和子も負けていません。スティーブン・ミルハウザー、ニコルソン・ベイカーの翻訳で有名になりました。個人的には、ジャネット・ウインターソン「灯台守の話」(白水社900円)がお薦めです。海の気配、潮に香りに満ちた文学で、

「愛している(I  love You) この世でもっとも難しい、三つの単語。でも、他に何が言えるだろう?」

という切ないラストで幕を降ろすのですが、深い余韻を残す翻訳が素晴らしい。

ところで、彼女は翻訳だけでなく、エッセイでも魅力を発揮する女性です。奇妙な味わい、暴走する妄想に彩られた話を、リズミカルな文体で読ませてくれます。第23回講談社エッセイ賞を受賞した「ねにもつタイプ」(ちくま文庫400円)の中に、彼女の小学校時代の、それこそ妄想じみた話が登場します。

ひょっとして海は生き物なんじゃないか?という思いに捉われて、こう考えます。

「あの波は何なのか。行っては帰り、行っては帰り、まるで息みたいに休まない。待てよ。息。ひょっとして海って生きているんだろうか?そういえば、海のあの丸っこい水平線は大きな動物の背中みたいに見えるし、だいいちちょっと生臭い」

海を見る度に彼女の言葉を思いだして、成る程、生き物だなぁ〜と考えてしまいます。

新作「なんらかの事情」(筑摩書房1100円)にも、やはり小学校時代の微笑ましくも、本好きならわかるなぁ〜というお話があります。「どんな本だってこの世にない本はない」という意見のお友達の正子ちゃんに対して、筆者はいやそんなことはないぞ!と、そこら辺の棒切れを振り回して、これが主人公の本なんてないよ、と詰め寄ります。すると、正子ちゃん「双子の棒切れ」って本を読んだと言い返し、ここから、ホンマ、ウソ、みたいな本の話が始まります。そして、著者は、その時代をこう振り返ります

「でもあるわけない本を、私は何度繰り返し読んだことだろう。クリームがかった、厚ぼったい紙だった。くっきりとした濃紺の活字だった。しおりの紐が、きれいな赤い色をしていた。」

なんか、想像できそうな楽しい想い出ですね。

そして、装幀、イラストはクラフト・エヴィング商會。これがまた楽しい。「子供のころ耳かきが趣味だった私は、耳の中の地理に精通していて、毎日のように耳かきの先で耳の中を歩いていた。」なんて、はぁ〜??と思うようなエッセイに、素敵なイラストが添えられています。「不思議の国のアリス」になった気分で、言葉の迷路を遊んでみてはいかがですか。