90年代だったと記憶していますが、新潮社が「PHOTO MUSEE」というシリーズで、写真家の作品集を比較的安価でリリースしていました。

その中に、「萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや」(1600円もちろん絶版)という本があったみたいです。サブタイトルに「詩人が撮ったもうひとつの原風景」とあるとおり、詩人が見つめた心の原風景が、印画紙に焼き付けられています。

「ながく叫べどもかへらざる幸福のかげをもとめ沖に向かって眺望する」という「青猫」の一節のページには、沖をゆく貨物船を見つめる男の後ろ姿が収められています。スーツ姿の男の姿が孤独感を一層高めています。ページを繰っていくと、風景の奥にポツンと佇む人を配置した作品に目が止まりました(写真右)。セピア調の「大森駅前坂」を撮った写真では、カッと照りつける強い日差しの坂道の彼方に佇む男の姿を捉えています。

その一方、二人の小さい娘と友だちが、線路の向こうから歩いてくる姿を捉えていて、まるで映画「スタンド・バイ・ミー」のワンシーンみたいな郷愁に満ちた雰囲気をもっています。

萩原葉子さんによると、「ずいぶんのんびりした心象風景である。静かでもの音もないようで、単調な自然の風景に、小鳥1羽の生き物もいない。」と振り返っておられます。詩人の違う姿を見せてくれる一冊です。

確かに、静かな風景を好んで撮っているようにも思えますが、その何気ない風景にポツンと人がいるのが印象的です。大阪の南にある石橋駅の踏切を捉えた、全く人気のない作品にも魅かれます。

「いとほしや いま春のまひるどき あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。」

なんて萩原の詩の一節が思い浮かびます。

朔太郎自身、写真を撮ることをこう語っています。

「元来、僕が写真機を持っているのは、記録写真のメモリイを作る為でもなく、また所謂藝術写真を写す為でもない。一言にして尽くせば、僕はその機械の光学的な作用をかりて、自然の風物の中に反映されてる、自分の心の郷愁が写したいのだ。僕の心の中には、昔から一種の郷愁が巣を食ってる」

詩人の心象風景が見えてくる写真集です。