都甲幸治というアメリカ文学研究者をご存知ですか?早稲田大学で教鞭を執る傍ら、ブコウスキーの「勝手に生きろ」、アーヴィングの「未亡人の一年」、フィッツジェラルドの「ベンジャミン・バトン」などを翻訳し、しばらく前には、村上春樹の未翻訳だった欧米でのインタビューを雑誌「文学界」で紹介していました。

彼の『「街小説」読みくらべ』(栗東舎/古書1600円)は、企画のセンスが光るエッセイ集です。八つの章に分かれていて、それぞれ選ばれた街と、そこを舞台にした小説が3点ずつ選ばれています。登場する街は金沢、吉祥寺、福岡、国立、本郷、早稲田、ロス、ニューヨークです。書評と旅エッセイと都市論、文化論までクロスした意欲作です。

金沢の章では、室生犀星「幼年時代」、古井由吉「雪の下の蟹」、吉田健一「金沢」がセレクトされ、吉祥寺では、太宰治「ヴィニヨンの妻」、井伏鱒二「荻窪風土記」、松家仁之「優雅なのかどうか、わからない」が論じられています。本郷は、東大と東大生を漱石の「三四郎」、鴎外の「青年」、大江健三郎の「死者の奢り」。日本文学の傑作3作品の評論なんて重そうですが、これは違います。漱石、鴎外、健三郎との距離がグッと縮まります。

おっ、この本を取り上げてくれたのかと嬉かったのが、「国立」で紹介されていた黒井千次「たまらん坂」です。この小説は忌野清志郎の「多摩蘭坂」に触発されて、「たまらん坂」の由来を調べる物語です。

都甲は、ここで清志郎の名著「ロックで独立する方法」を取り上げ、自分も彼の考えに影響を受けたと書いています。

「清志郎は言う。ミュージシャンになりたい。なんてことが最初に来てはならない。あくまでもこういう音楽がしたい。と言うのが最初。でそこからが勝負になる。好きなことを貫く以上、どんな努力も努力じゃない。遊んでいるだけ。だから何も犠牲になんかしていない。」

それでも自分の音楽が売れないとき、清志郎は反省するな、自分を貫くことを止めるな。「そこでやめるとなるとさ、そのつまんない音楽を認めなきゃいけないっつうことになっちゃうからね。」

都甲は「音楽」を「文学」に変えて、「文学で独立する方法」で頑張ってきたと書いています。彼が清志郎に影響されていたことを知って、親近感を持ったのは言うまでもありません。