イラン出身の監督アスガー・ファリハディの新作「誰もがそれを知っている」を観ました。「別離」「セールスマンの死」と傑作続きの監督で、今回はハリウッドのトップスターのペネロペ・クルスを迎えてのメジャー映画です。しかし英米の資本が入ろうと、この監督は自分の映画に仕上げています。

物語は、アルゼンチンに暮らすラウラ(P・クルス)が、妹の結婚式のため故郷スペインに帰省し、ワイン業を営む幼なじみのパコや家族との再会から始まります。結婚式の後に催されたパーティーのさなか、ラウラの娘イレーネが失踪してしまいます。必死に探すのですが、手掛かりすらありません。まもなく巨額の身代金を要求するメッセージが届き、ラウラは不安と絶望で、焦燥します。結婚式に来ていなかったラウラの夫もアルゼンチンから駆けつけるのですが、疑心暗鬼に陥った家族の間で、長年隠されていた秘密がじわりじわりと露わになっていきます。なぜ犯人は10歳の弟ではなく16歳にもなる娘のイレーネを誘拐したのか。

と、こう書くと誘拐された娘の救出劇のようですが、映画はそこに重心を置かなくなるというか、どうでも良くなってくるのです。娘の誘拐で炙り出された過去が、登場人物の心理に深い影響を与える様子をじっくりと描いていきます。ダイアローグを積み重ねたえも言われないスリリングな展開が、この映画の醍醐味です。善悪だけでは割り切れない現実。きっと家族は、あるいは世界は、そんなものに満ち溢れていることを見せてくれます。事件は一応解決するのですが、彼らの肩には、重たいものがズシンと残ったままです。

映画が始まって数十分間、幸せ一杯の家族の姿が、これでもかこれでもかとキラキラと眩しいくらいに描かれ、後半になって、過去の因果が主人公たちに覆いかぶさって来る辺りからの演出は、ファリハディ監督の真骨頂でしょう。幸せそうだったラウラが、憔悴しきった表情に様変わりしてゆくペネロペ・クルスの演技が見事でした。

作家池澤夏樹は「若い恋の果実がずっと後になって中年を襲う。 巧妙なプロット、達者な役者、見事な映像。 映画って、こういうものだ。」と映画の公式HPにコメントを寄せています。

ちなみにファリハディ監督は、「セールスマンの死」でアカデミー外国映画賞を受賞した時、トランプのシリア難民の受け入れ拒否と、イラクやイランなどの中東7カ国からの入国一時禁止の大統領令に署名したことに抗議して、式には参加しませんでした。