鬼海弘雄という写真家をご存知だろうか。TV番組「情熱大陸」に登場されたので、知ってる方も多いかもしれません。1973年から30年間、浅草で人物写真を撮り続けています。被写体となるのは、そこで初めて出会った無名の人々。声をかけて、浅草寺の朱塗りの塀の前で写真を撮っています。

そのポートレイトも面白いのですが、「東京夢譚」(草思社/古書3300円)がオススメです。

「気ままに東京の風景を撮っている。その日の行き先は、何となく駅まで歩きながら決めることが多い。ただ漫然とひとの住む場所としての町、暮らすひとびとの日々の営為の影や匂いをとおして『場所の肖像』のようなものを撮れないものかと、続けている。訪ねる町はとりあえず何処でもいいわけだ。」

と、この本に書かれてます。全く人影のいない街角、古くから住んでいる匂いのする古びたアパート、木造平屋のタバコ屋、静まり返った住宅街等々。まさしく「場所の肖像」という作品であふれています。寂しさ、孤独といった感傷と同時に、そこに生きる人たちの息遣いやありふれた生活のワンシーンを想像させてくれます。どんな喜びと悲しみを抱えて生きているんだろうと写真を凝視してしまいました。

エッセイも巧みで、店には、「誰をも少し好きになる日」(文藝春秋/古書1500円)、「眼と風の記憶」(岩波書店/古書1800円)、「靴底の減りかた」(筑摩書房/1300円)の3冊があります。どの著書もエッセイと写真を組み合わせてあります。

「誰をも少し好きになる日」最後に収録されている「一番多く写真を撮らせてもらったひと」は、浅草で毎日服を着替えて街角に立っている老女が主人公です。元々は、街角で男を引っ掛ける通称「たちんぼ」をしていたお姐さんです。何処に住んでいるのかもわからない彼女を、愛情を込めてシャッターを切ります。彼女を捉えた作品が10枚載っています。ある日、そのお姐さん死去の報が届きます。

「最後に会った十一月の三十日には、脱いだ靴を枕に地べたに横になって眠り込んでいた。肩を揺すってカイロがわりにと熱いコーヒーを二本渡した。

ホームレスだったのかもしれません。でも、彼女がいつもいた場所には、花束が数多く置かれていました。名前も住まいもわからない女性でしたが、この町は見捨てなかったのです。

「周りの人たちはお姐さんを排除もせずに見守っていた様だ。やはり浅草には他人の哀しみを自分の哀しみとして感受する自然なぬくもりが、まだ伝統としてのこっているのだろう」

そんな文章の横に、2013年3月12日に撮られた彼女のポートレイトが配置されています。いい写真です。