「非常時のことば」(朝日文庫/古書400円)という表紙を目にすると、あぁ、コロナ問題に合わせて書かれた本なのかな、と思いますが違います。元々、2012年に単行本として出版され、2016年に文庫化されたもの。この本で語られる「非常時」というのは、東日本大震災後の日本の状況を踏まえたものです。ところが今読んでも、全く違和感がありません。

高橋源一郎の小説は、何故か私には全然ダメなのです。しかし、エッセイや評論、そしてNHKの歴史番組でたまに登場する時の話ぶりなどは断然面白く、鋭い指摘が一杯で大好きです。

東日本大震災の起こった「あの日」以降、私たちは「言葉を一層慎重に選ぶようになった。そんな気がする。」と著者は感じています。書くこと、意見を言うこと、実行することを躊躇させるような、厄介な空気みたいなものが取り囲んでいると。

「ぼくたちは、いま、ことばがひどく不自由だ、と感じている。乱暴なことばが、他者を拒否することばが、溢れ出している、と感じている。他人を貶める、暴力を含んだことばが、至るところを歩き回っている。」

著者は一冊の本について、精緻な論評を行います。かつて、渡辺淳一「失楽園」の見事な書評を読んで以来、著者の作品評には高い信頼を持っているのですが、今回も見事です。その本は川上弘美の「神様2011」です。これは、彼女がデヴューした頃に発表した「神様」と、「あの日」以降のリミックス版「神様2011」を合体させた不思議な本です。(この本については当ブログで書いていますので、よかったら読んでください。)

何故、川上弘美はオリジナルの物語とそっくり同じのままで、「あの日」以降のバージョンを書き、一緒にしたのか。数十ページを使って、本書で最もスリリングで迫力に満ちた部分です。震災後、川上弘美があえてリミックス版を出した意味を深く掘り下げ、「ことば」を多面的に考えさせられました。

震災の後、巷に溢れた専門用語、憶測、推論、こうあって欲しいとう希望的観測など、膨大なことばが襲いかかってきました。なすすべも無く、私たちは自分の言葉を失っていきました。これって、今と一緒ですよね。薄っぺらい言葉しか口にしない首相は論外としても、専門家やマスコミの言葉にもリアリティーが見当たりません。

「ことば」は世界を認識する有効な手段です。著者は最終章「2011年の文章」で、私たちが、そんな時代にどう対処してゆくべきかを丁寧に語っています。今こそ、ちょっと立ち止まって、考えてみるには相応しい内容です。

お知らせ コロナウィルス感染拡大の緊急事態下、これ以上感染者を出さないために、4月23日(木)より当面休業中です。予定しておりましたギャラリーの個展もしばらくの間お休みいたします。この「店長日誌」は毎日更新していきますので、読んでいただけたら嬉しいです。ご希望の本があれば、お取り置き、または通販も対応させていただきます。(メールにてご連絡ください。)

★★ 5月7日(木)、9日(土)午後2時より4時ぐらいまで開けています。ご用があれば声をかけてください。(次週からは、開店する日を増やす予定です)