昨日に続き、古い雑誌のご紹介です。

伊丹十三が編集した「mononcle/モノンクル」(1981年創刊)。編集長曰く、「雑誌『モノンクル』をして知の世界と生活者の交わるパフォーマンスの広場であらしめたい」。確かに、登場する執筆陣や内容を見ていると、伊丹らしいひねりの効いた作りの雑誌です。創刊号に登場するオジサンとして、岸田秀、南伸坊、村松友視、寺山修司、田中小実昌、糸井重里、山口昌男、ますむらひろし、赤瀬川原平、萩尾望都、そして YMOにタモリと硬軟入り混じった布陣です。

YMOと、民族音楽を研究する小泉文夫がインドを巡って二時間にも及んだ対談は、音楽ファンには貴重な資料です。 YMOが中心に使っていたシンセサイザーという楽器が世間から感情のない音楽と言われてきたことについて、そうではなくて無機的な感情の音楽であり、「シンセサイザーという楽器が、かえって人間の様々な不合理的な面をゆたかにすくい上げられる」と坂本龍一が語っているのが興味深いです。

高橋幸宏も、糸井重里がラジオで「 YMOのことを無機的な音楽、感情のない音楽って、いう人が世の中にいるというー感情のない音楽、そんなものが存在するなら見てみたい」と言っていたと語っています。さすが糸井重里だなぁ〜と感心しました。

伊丹らしいひねりが最も利いているのが、三人の文筆家が三人の漫画家と組んで、人文系の書物と対峙する企画です。『糸井重里+マルス鈴木』VS『栗本慎一郎「幻想としての経済」』、『岸田秀+長谷川集平』VS『フロイト「夢判断」』、そして『村松友視+ますむらひろし』VS『ロラン・バルト「表象の帝国」』。

ますむらひろしファンにも見逃せない企画ですね。哲学者のバルトが60年代にフランス文化使節の一員として来日、数ヶ月の滞在で日本各地を訪問。その印象を基に記号論の立場から独自の文体で展開した日本文化論が「表象の帝国」です。手強さでは随意一のバルトの書物をこの二人がどう料理していくのかという、面白い企画です。

アタゴオルの森にやってきた仮面の男が「おのれ自身の独特の表現体をうち立ててバルトの森に近づくのさ」と口走った途端、主人公の大猫ヒデヨシガ「わけのわからんことを言う奴だ。一種の馬鹿だな…..」と小馬鹿にしながらも、バルトの世界を解釈してゆきます。これらの企画は3号をみるとまだ続いているので、その後も連載されていたかもしれません。

才人伊丹らしい雑誌は、貴重かもしれません。創刊号〜3号まで3冊セットで2000円です。そんなに安いの?実は1号が本誌と表紙が外れているのでこの価格です。2号、3号はそこそこ美本です。(以前4号までのセットを京都の書店が8000円近い価格で販売していました)

因みにこの読み応えのある雑誌は、6号で廃刊になってしまいました。

大阪の動物保護施設「ARK/アニマル・レフユージュ関西」が発行する2020年のカレンダー販売中です。

壁掛けタイプ(1000円)。机上タイプ(800円)があります。売上は、全てARKにお渡しいたします。当施設に保護されている動物たちのために使われます。