イラストレーターで漫画家だったフジモトマサルが、47歳の若さで亡くなって約2年。彼の本に、「聖なる怠け者の冒険 挿絵集」(朝日新聞社900円)があります。これは森見登美彦の新聞連載小説「聖なる怠け者の冒険」に発表された挿絵を一冊のまとめて、その絵ごとに、森見とフジモト両氏の楽しいおしゃべりのようなコメントを載せたものです。

学生時代を京都で過ごした森見は、舞台を京都に設定しているようです。小説の本文がない分、物語を想像してみていくと、フジモトの画もなんだかおとぎ話風で面白いのです。四条烏丸付近とか、四条大橋西詰めの交番、或は廃校になった立誠小学校とか、京都の人ならお馴染みの場所が、独特のフジモトタッチで描かれています。

こんな店あるねえ、と思わせるのが「蕎麦処 六角」。フジモトのコメントはこうです。

「これは実在しない架空の蕎麦屋さん。しかし設定上の高倉通りにあってもおかしくないような、それらしい店構えを考えて描きました。」

レティシア書房の前を南北に走るのが高倉通りなのですが、側にぜひあって欲しい蕎麦屋です。

四条大橋にある有名な「レストラン菊水」屋上から見る繁華街のネオンがあり、ひっそり佇む柳小路の八兵衛明神とかあんまり知らない場所も登場します。異次元にある京都をフラリ、フラリと歩いた不思議な気分になります。

さて、もう一冊ご紹介するは、「この世界の片隅で」が大人気のこうの史代の「日の鳥」(日本文芸舎650円)です。妻を探して東北を旅するニワトリの眼を通して、東北の今を描いてあります。

ニワトリは震災後5ヶ月、9ヶ月、そして1年、1年半、2年と旅を続けますが、何故、ニワトリが妻を探して東北を旅するのか?ということはさておき、巧みなデッサン力で、震災後の東北の姿が描かれていきます。震災の爪痕はもちろん描かれていますが、東北の様々な景色を丹念にスケッチした画集と呼びたい一冊です。

「この世界の片隅で」は、何気ない日常の風景の中に忍び込んでくる戦争の恐怖を浮かび上がらせていましたが、その作風は「日の鳥」でも見ることができます。何気ない街や自然の姿の中に、破壊の爪痕が垣間見えます。誰もいない風景が、生活の場を奪われた人々の悲しさを表現しています。そのままリアルに写し取った現場の写真以上に、もしかするとインパクトがあるかもしれません。

 

 

 

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。


最近の日本映画では、スケール、内容共に「シン・ゴジラ」に勝るものはないと確信していました。しかし、これを上回る評価を得た映画がありました。

こうの史代の全3巻に及ぶコミック「この世界の片隅に」を映画化した、同タイトルの映画化作品がそれです。戦時下の昭和19年に広島から呉に18歳で嫁いだ主人公すずの日常を描いたアニメ映画で、監督は片淵須直。

映画はほぼ原作通りの、平和で穏やかな毎日を送っていたすず一家が、日米戦争に巻き込まれてゆく姿を描いていきます。劇中、こんな台詞があります。

「誰もが笑って過ごせればいいのにねぇ〜」

静かにうつろいゆく四季を感じながら、すずとその一家は、ゆったりとした時間の流れの中で、笑みを絶やさずに暮らしていたのですが、戦争がすべてを奪っていきます。アニメならではの透明感のある色彩感覚を駆使して、戦時下の日常が描かれます。感情過多になった画面を見せなかったがために、逆に戦争で奪われた平和な日々の愛しさが胸に迫ります。

ラストシーンがまたすばらしい。なんとか生き延びたすず達は偶然出会った戦争孤児を育てます。エンドクレジットと共に、その子が大きくなってゆく姿が映し出されます。平和で楽しい一家の姿は、しかし、戦争さえなければ、この子は母親とも死別することはなかったはず。私は戦争を憎む、という製作者達の思いが静かに伝わってきます。

エンドクレジットがそこで終わるかと思いきや、名前がズラリと登場します。

映画の製作者はその制作費の一部をクラウドファンディングで調達することを企画しました。その求めに応じて投資した数多くの人達の名前が、最後に登場するのです。一人一人から、私たちも戦争を憎む!という声が聞えてきそうでした。

そうして完成した映画は、最初は小さな劇場で公開されていたのが、大劇場で拡大公開されるにまで至りました。戦争のことを分かっていないゴルフバカの(あの)二人とは違う、良識のある人が、まだまだこの国には沢山いたのです。因みに最初の公開館数は36館でしたが、本年2月時点で約300館。動員数150万人。お見逃しなく。