今年のアカデミー作品賞を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」は、とても素敵で、なおかつ今のアメリカの状況を象徴するような傑作です。

監督のギレルモ・デル・トロに心より拍手します。彼は、幼い時に観た「アマゾンの大半魚人」のことが忘れられなくて、なんとか自分なりの半魚人ものを監督しようと資金集めに奔走します。が、「半魚人と人間の女性の恋物語?はぁ〜?何それ?」という反応ばかり。なんとか資金調達の目処がつきるかなと思うと、もっと美女を出せとか、実は半魚人がイケメンだった、とかに変更せよという注文がつく。ならば自腹切って、と製作に着手しました。

その結果、監督が夢みた世界が、誰にも邪魔されずに描かれました。舞台は1960年代、捕獲された半魚人が、とある軍事研究所に連れてこられて、研究対象にされます。ここで働く中年の掃除婦が、半魚人に恋をするという物語。若く美しい女性もいないし、男はいつか王子様に変身するわけでもありませんが、泣きたいほど美しいラブストーリーが出来上がりました。

黒人公民権運動が盛り上がってきた、60年代の時代設定が巧みです。当時のアメリカは白人優位で、白人以外は人として認められていません。カフェに来た黒人カップルが、出て行けといわれるシーンがその象徴です。半魚人に恋する女性は、口がきけない障害者です。彼女の友だちは、同じアパートに住むゲイの初老男性と、職場の同僚の黒人女性だけ。黒人と同じように、当時はゲイに対する差別も今とは比べものにならないくらいひどいものでした。

そんな社会のマイノリティー達が、やはり無理矢理自分の国から連れてこられた奴隷同然の半魚人を逃がそうとするのが、後半のサスペンスです。メキシコ生まれの監督の、かつてのハリウッド映画へのオマージュ溢れた演出には、涙してしまいます。

軍事研究所の暴力的な警備責任者は、半魚人を殴るわ、蹴るわ、果てはヒロインに迫り、声が出ないの知っていながら「お前のあえぎ声が聞きたい」などとほざく、パワハラ・セクハラの大バカ者です。そして、彼がいつも読んでいるのが”The Power of Positive Thinking” 。マクドナルド創設者の数奇な生涯を描いた「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」で主人公が愛読していたベストセラーです。「強いことが正しいことだ。勝つ事が正しいのだ」と説くこの本は、ほとんど本を読まないトランプ大統領の唯一の愛読書とか。おわかりですね。そう、映画はトランプ大統領の、マイノリティーへの嫌悪という今のアメリカを、暗に浮き上がらせるのです。しかし、反トランプを前面に押し出すことなく、ファンタジーとして実に美しい結末を用意しました。

美しく切ない恋物語に酔いつつ、やっぱり今のアメリカは危ないことを再認識しながら映画館を後にしました。

この台詞でピンと来る方、映画通です。これは、ハリウッド最大のお祭り、「アカデミー賞」授賞式で、各賞の受賞者を発表する時にプレゼンターが発する台詞です。アメリカ映画で育った私には(正確には1970年代から2000年代ぐらいの)この賞は、今日、堕落したハリウッド映画界とはいえ、見逃せません。

店に一冊の洋書があります。”The Academy Awards”(6000円)アカデミー賞創設の1927年から2001年までの作品賞、主演、助演の各賞受賞者を網羅。さらに、ノミネート作品まで掲載しています。もちろん、すべて映画の写真付きです。また、10年ごとの女優のドレスの変遷も紹介されていて、見所満載です。洋書ですから、映画タイトルもすべてオリジナル英語ですが、面白いことに気付きます。年代が古くなる程、日本の映画界社の宣伝マンは、オリジナルタイトルから頭をひねって、日本人向けのタイトルを考えていたことがわかります。最近は、そのままで、全く意味不明のタイトルが主流になっていますが。“Cool Hand Luke”が「暴力脱獄」、”Bonnie and Clyde”が「俺たちに明日はない」,”To Kill A Mockingbird”が「アラバマ物語」ですからね。

 

もう一冊、映画の本です。戦前からのフランス映画の字幕で一時代を作り、作家高見順とも親密な交際をしていた飛田余四郎の魅力的な一生を綴った「字幕の名工」(白水社1500円)もお薦めです。例えば、スタンダール原作、桑原武夫・生島僚一訳「赤と黒」の一文

「わたしはつまらぬ人間です、奥様、しかし卑しいまねはいたしません」

映画では、ジェラール・フィリップがこの台詞を3秒で話します。これを飛田さんはウルトラC級の台詞に変えます。

「一寸の虫にも五分の魂です」

お見事!本の後半で、フランス映画の傑作「天井桟敷の人々」の原文、翻訳、そして字幕の比較がされています。最も、スリリングな部分です。酒を愛し、映画を愛した人生物語。一本のフランス映画を観た気分にしてくれる濃密な一冊です。

 

Tagged with: