アンドリュー・ワイエスという画家をご存知でしょうか?

戦前から戦後にかけてのアメリカ東部の田舎に生きる人々を、鉛筆、水彩、などで詩情豊かに描きました。柔らかい画調で描かれたような世界が、映画「ゴールデン・リバー」のラスト5分間に登場します。長い旅から戻ってきた二人の兄弟を迎え入れる老いた母親。久々に浴びるお風呂、ベッドに寝転ぶと、柔らかい日差しの向こうから吹き込んでくるそよ風。地上の天国のような情景です。でも、そんなシーンは5分間のみです。

ヨーロッパで多くの映画賞を受賞してきたフランス人監督、ジャック・オーディアール初の西部劇「ゴールデン・リバー」は、西部劇のスタイルをとっていますが、多面的な面白さを見せてくれる作品でした。

先ず、撃ち合いシーンにカタルシスも、格好良さも全くありません。主人公は、殺し屋稼業の兄弟。シスターズ家の「シスターズブラザー」です。ゴールドラッシュ真っ盛りの時代、特殊な薬品を使って、砂金を見つける方法を知っている化学者を追いかけ、その方法を奪って抹殺することが与えられたミッションです。西へ、西へと向かってゆくのですが、その道中の描き方がユニークです。寝込んでいびきをかいていた兄の口に大きな蜘蛛が入り込み、飲み込んでしまい、次の日、顔がむくみ、悪寒と白熱で苦しむ兄イーライ。初めて、歯磨き粉を買い、楽しそうに歯を磨くおとぼけぶりもあります。また、山中で夜を明かした時、熊が乗ってきた馬に襲いかかってきます、熊を撃ち殺したものの、馬の頭部に傷が残り、ハエがたかり傷が悪化し死んでしまいます。可愛がっていたイーライは、死体を前にして呆然とします。

あっちへふらふら、こっちへふらふらと無為な日々、果てのない殺し合いが続いていきます。やっと見つけた化学者でしたが、砂金に目がくらみ、山分けを条件に砂金掘りに協力します。はは〜ん、この連中が仲間割れを起こして殺し合いをして映画は、その業の深さと人間の愚かさを描いてエンド、と、ある程度映画を見てきた者なら予測しますが、大外れです!

特殊な薬品を川に流すと、不思議なことに砂金が光るのです。そのことに狂喜した連中は、なんと薬を全部川にぶちまけるのです。この薬品には、人間の肌には良くないものを含んでいたのでしょう。皮膚は血だらけになり、苦しみ出し、のたうち廻って死んでしまいます。なんとか、難を逃れた兄弟でしたが、弟チャーリーは、腕がボロボロになっていて、そのままでは毒素が全体に回るので、飛び込んだ医者の家で、ノコギリで腕を切断します。最初、ギコギコという音がしていたので、何かなと画面を凝視すると弟の腕……。

地獄のような旅を描いた作品ですが、ラストに登場するのが、アンドリュー・ワイエス的世界です。兄弟には天国のような穏やかな時間が流れます。観客も救われた気分です。

作家の乃南アサは、この映画を評価して「すぐ傍まで文明が押し寄せている西部開拓時代に、あえて荒野を目指す兄弟の姿は、そのまま欲望と理性、未開と文明とを象徴している。」
さすが、美味い表現です。
蛇足ながらワイエスの作品集、”ANDREW WYETH”(洋書3000円)が店にあります。
いい作品が並んでいますよ。