西山裕子さんのミニプレス「イギリスの小さな旅シリーズ」刊行を記念して、イギリスの写真と水彩画展が始まりました。

レティシア書房では2016年に、西山さんがイギリスで描かれた花の水彩画展を開いていただきました。2019年9月に出された「イギリスの小さな旅」は、4冊シリーズで、約10㎝角の手のひらサイズの文字通り小さなミニプレスですが、その中に、西山さんが見つけたイギリスの魅力が詰まっています。イギリスの田舎のTea Roomでの紅茶の楽しみ方や、ガーデニンググッズのこと。「ピーター・ラビット」の著者ビアトリクス・ポターの別荘を改装したホテル、ポターがナショナル・トラストに賛同して広大な土地を寄付したことや、ポターが保存を訴えたおかげで残った小さな家の写真。中世の豪族「エア」の名が刻まれた教会の写真と、小説「ジェーン・エア」がこのエア一族の名前をかりて命名したらしいことなど、西山さんの心を動かした小さなエピソードがいっぱいです。もちろんレティシア書房では、昨年から店頭販売していますので、ご存知の方もいらっしゃると思います。

なお、青幻舎発行「英国ヨークシャー 野の花たち」「さくら」を始め、「誕生」「愛おしいひととき」「英国ヨークシャー想い出の地を旅して」などの著作、水彩画の花々の便箋・封筒・一筆箋・ポストカードなども揃っています。この機会にぜひ美しいイギリスの風景写真と優しい花の水彩画をお楽しみください。(女房)

★「イギリス小さな旅シリーズ 刊行記念展」は、

3月17日(火)〜29日(日)月曜日定休 12:00〜20:00(最終日は18:00まで)

 

 

 

 

 

 

 

http://www.soukasha.com

 

先日、格差を描いた映画「パラサイト」のことを書きました。今、格差の問題は韓国だけでなく、中国、アメリカ、日本でも大きな問題です。 EUを離脱した英国も、それは一緒です。

「二軒先に警察のブラックリストに載っている幼児愛好者は住んどるわ、斜め前の家の息子はドラッグ・ディーラーやわ」という貧困階級の危ない人たちが住むブライトン。そこで暮らすフレディみかこさんが見つめたイギリス社会をまとめた「花の命はノー・フューチャー」(ちくま文庫/古書400円)は、ルポルタージュなのに、笑わせ、涙させて、怒らせてくれる一冊です。

当ブログで彼女の「ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー」(売切)を紹介しました。あの本に溢れていた著者の逞しさとどんなことも笑いに変えてしまう力強さは健在です。実はこちらの本が先に発売されていて、長らく絶版になっていたけれど、「ぼくはイエロー〜」人気で再発され、未収録原稿を多数加えられた文庫ということになります。

LGBT、移民問題、広がってゆく貧困社会、荒れる青少年達とドラッグ等々、地べたから見据えたイギリスの今を、共にこの地で生きる一人の女性の思いを、パンク精神と笑いで吹っ飛ばした内容なので、あっという間に、ドハハハと笑いながら、いや実は笑っている場合ではないのかもしれませんが、読み切ってしまいました。そして、彼女の人生哲学に納得します。未来がないから生きる甲斐がないという言説に対してこう言い切ります。

「生きる甲斐がなくても生きているからこそ、人間ってのは偉いんじゃないだろうか。最後には各人が自業自得の十字架にかかって惨死するだけの人生。それを知っていながら、そこに一日一日近づくのを知っていながら、それでも酒を飲んだり、エルヴィスで腰を振ったりしながら生きようとするからこそ、人間の生には意味がある。」

彼女の中には、上品で貴族趣味的なイギリス的風土は全くありません、醜く蠢く負の部分をさらけ出しているのですが、逆にその負の部分が輝く出すところが曲者ですね。

「大人が一番物事を知らないのに。知ったかぶりのたれかぶり。いつまでもたれかぶり続けろ、あなた様のようなおワイン階級の腐れ塗り壁中年は。貧乏人を蔑視するな。外国人を軽視するな。たわけるのもいい加減になさらないと自爆してやるぞ。」

とブルジョワ階級への暴言、下品な言葉の数々。私、こういうの大好きです。

その一方で悟りを開いた僧侶のように、「厭世とはポジティヴィテイの始まりである。だいたい、すぐ激情したり主人公になったりする人たちってのは、自分の人生の責任の一端は他人、またはなんらかの外部からの力にある、と信じているからドラマになるのであって、結局全ては自分のバカから発したことであるとわかれば、人生というもののアホらしさが突如として浮き彫りとなり、後は冷静になるしか無くなるもんな」と語っています。

なかなかに、奥の深い読み物です…….。

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例となりました女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください

★古本市準備のため2/3(月)〜4 (火)連休いたします。


 

 

フレディみかこ著「ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社/古書950円)は、イギリスの中学校に通う息子と、彼の言動を見守る母親の日常を綴った一冊です。高橋源一郎が、帯で「自分たちの子供や社会について考えざるをえなくなる」と評価していますが、まさに差別、偏見、貧困の中を生き抜く中学生達の日常を通して、イギリスの教育システムの明暗が、そして私たちが生きる私たちの社会のあり様が見えてくる傑作ノンフィクションでした。

カトリック系の小学校を卒業した子供は、普通はそのままカトリック系の中学に入学するのが常識なのですが、母親は、あえて白人労働者階級が通う公立小学校に息子を通わせます。その中学校は、学校ランキングで底辺を彷徨っていたのが、最近ランクの真ん中あたりまで上がってきた事実に、興味の湧いた母と息子が、学校見学会に向かうところから二人の物語が始まります。

英国の中学校には「ドラマ(演劇)」という教科があるそうです。何も俳優養成のためではなく、「日常的な生活の中での言葉を使った自己表現能力、創造性、コミュニケーション力を高めるための教科なのである」から驚きです。

彼はその教育過程でミュージカルに参加してゆくのですが、ここで様々な民族的差別に遭遇します。多くの移民が暮らす一方、保守党の緊縮財政政策で白人社会に広がる貧富の格差。この二つが、常に本書に流れています。けれども、堅苦しい現状報告に終わらず、母親の息子への信頼と愛情、そして尊敬が巧みにブレンドされていて、読む者を疲れさせないところが秀逸です。著者のユーモアのセンスも抜群で、「今日ね、こんなことが学校であってね……..」みたいな会話を聞いているようです。

人種差別丸出しの美少年や男か女かジェンダーに悩むサッカー少年がいたり、暴力が飛び交う日々なのですが、パンクな著者と冷静で分別のある息子が、共に悩み、混沌とした日々を生き抜いてゆく様子は、小説以上に面白く、「う〜む、そう考えるか」とこちらも巻き込まれていきます。

「多様性ってやつは、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽」なんて息子の台詞には、確かにそうだよな、難しい問題やなぁ〜と考えてしまいましたね。極めて私的でありながら、普遍的な親子の成長物語です。

おそらくこの親子は、閉塞感100%の日本の教育界では窒息死してしまうでしょう。失点続きの文科大臣にも、ぜひお読みいただきたいものです。