ウィスキーと言っても、朝の連ドラ「マッサン」ではありません。

ケン・ローチの映画「天使の分け前」の話です。ケン・ローチは、イギリスの労働者階級や、流れ込んでくる移民の世界を描いたものが多く、シビアな結末を迎える作品が多い人です。アル中患者の末路を描く「マイ・ネーム・ジョー」もハッピーエンディングなんかない世界を描きながら、ほんの少しの未来の明るさを提示するという離れ業を見せてくれました。

だから、今回はきっと相当きついなぁ〜と思って観ていたら、なんと大、大ハッピーエンディング。え?ホントにこれで終わるの?と不安が消えませんでした。しょっちゅう犯罪を犯している青年が主人公で、子供が生まれるのに職もなく、けんかばかりと、もうローチお得意の下層階級が舞台。その彼が、ひょんなことからウィスキーのティスティングに目覚めてゆくというストーリーですが、ドキドキのサスペンスあり、心温まるストーリーありの、素敵な素敵な映画です。

ウィスキーの樽を開けた時、ほんの僅かが空中に消えていきます。それを「天使の分け前」と呼びます。この映画でも、長年眠っていた樽の蓋が開けられて、試飲する場面が何度か出てきます。ストレートで、少量、喉を通過する豊潤な香りを味わう瞬間は、まさに幸せ極まります

サントリーが、昭和51年に発行した「酒の本棚」(600円)という本が店にあります。「ウィスキーづくり五十年を記念して」出版されたプライベートな本ですが、執筆者が凄い!開高健、芥川比呂志、星新一、山口瞳、ノーマン・メイラー、ジョン・アップダイク、イタロ・カルヴィーノ、アラン=ロブ・グリエと大御所がズラリ並んでいます。

星新一の作品は、こんな感じで終わります

「ねぇ、おじいちゃん。お酒を飲むって、楽しい事……..」

子供にはわからないことだな。なにしろ、いろいろな酔い方があるからな。おれの場合は、自分にふさわしい酔い方をみつけ、身につけた。それによって、不愉快な気分を追い払えている。酒がなかったら、心のなかの重荷を次の日に持ち越してしまうことになるんだろうな。彼は答えてやる。

「ああ、とってもね……。」

やっぱりお酒が欲しくなりますね。

 

村上春樹は、もう読みたい作家ではなくなりました。(音楽評は相変わらず面白いけど。)デビューして暫くは新刊が出る毎に買っていたものですが。

でも、愛読しているのが、実はあります。それは「もし僕らのことばがウィスキーで

あったなら」(新潮文庫400円)です。初めてこの本の前書きを読んだ時は、そうそう!と思いました。

「ほんのわずかな幸福の瞬間に、僕らのことばはほんとうにウィスキーになることがある。そして僕らはー少なくとも僕はということだけれどーいつもそのような瞬間を夢見て生きているのだ。もし、僕らのことばがウィスキーであったなら、と」

就寝前の1杯のウィスキーを、数十年、一日も欠かさずに楽しみにしている私には、よくわかります。

春樹は、美味しいウィスキーを求めてスコットランド、アイルランドへと旅立ちます。先ずは、シングルモルトの聖地「アイラ島」です。アイルランド島のすぐ側の小さな島アイラ島産のシングル・モルト・ウィスキーを初めて飲んだ時の、私の感想は、「うぁ、磯くさい!」でした。どこが、美味しいねん?と思ったものです。春樹もこう書いています。

「『磯くさい』というのは、けっして根拠のない表現ではない。この島は風が強い。宿命か何かのように風が吹いている。だから、海藻の匂いをたっぷりと含んだ強い潮風が、島の上にあるほとんどすべてのものに、そのきつい刻印を押していく。『海藻香』と人々はそれを呼ぶ。」

この香りがやがて馴染んでくると。芳醇になってくるのが人間の感覚の不思議なところですね。荒涼たる大地、北風、激しい波飛沫、曇天の隙間から顔を出す太陽。その中から生まれてきたお酒かもしれません。

「子どもが生まれると、人々はウィスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと、人々は黙してウィスキーを空ける。それがアイラ島である。」

こんな彼の文章に出会うと、今宵はアイラの酒で、という気分になります。

 

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