ユーゴスラビア出身のエミール・クストリッツァ監督・主演作品「オン・ザ・ミルキーロード」を観ました。

映画でも小説でも、作家の独特の文体、リズムがあります。見始めて、或は読み始めて、暫くの間は、作家のリズムにこちらがチューニングする時間です。その間に、この作家は合わないなぁ〜と感じたり、いいねぇ、この監督は!と画面に釘付けになったりします。で、クストリッツァのリズムですが、最初の40分程、私にはどうにも波長が合いませんでした。

国籍不明の国同士、戦争中のお話です。砲弾飛び交う中、ロバに乗ってミルクを配達する男が主人公です。これ戦争映画?…..ではありません。男の周囲にはロバ、鷹、さらには大きなヘビが集まってきます。え?ファンタジー映画?…..ではありません。戦争中だと言うのに、村人たちは、飲めや歌えやの大宴会。延々続くバルカンサウンド。ミュージカル?…..ではありません。

もう、わけわからん状態で進行していきます。ところが、1時間を過ぎたころからでしょうか。不思議に気分が良いのです。シュールな展開に、こちらの判断能力などほぼ壊滅状態。破天荒な世界に巻き込まれてしまいました。主人公と新婚ほやほやの花嫁は、追いかけてくる兵士から逃げ回るのですが、この逃避行たるや、サスペンスも笑いもファンタジーも満載で、楽しいこと。

そうして、ラストに至って、映画が訴えたかったことが見事に映像になっています。花嫁を失くした男は、その後、荒野の険しい山を、大きな石ころを担いでひたすら登っていきます。何故か?それがラストシーンで分かります。

映画では地雷と火炎放射器を、愚かしい戦争のシンボルとして描いています。その愚かしいシンボルに黙々と立ち向かう主人公の姿を見せながら、カメラはぐんぐんと空を登っていきます。映画最初の違和感など吹っ飛び、こみ上げて来る涙で一杯の幕切れでした。エミール・クストリッツァ。只者ではありません。