店長日誌のブログでもご紹介しているように「ペーパクイリング」展を開催中。
初めての個展をしてくれた明楽さんは(これは詩を書くときの名前で、ペーパクイリングの時はkotohanaさん)店主とは前に勤めていた新刊書店からのお付き合いですが、まさかこんなに器用な方とは知りませんでした。実際細い紙をクリクリまいて作って行くのは気の遠くなるような作業です。
私も試しに巻かせていただきました。創作する楽しみはちょっと味わいましたが、几帳面さが決定的に不足していることを改めて自覚しました。
はじめて作ったハロウィンのカボチャを、「リンゴかと思った」とは店主の感想。フン!(興味のある方はkotohanaさんのブロブをご覧下さい)
それはともかく、彼女のひとつひとつの作品には、素敵な詩が添えられています。
花束の額には「おかあさん」という詩。
母になった今でも
子供でいられる このときは
一寸先もわからぬ人生の中
ほんの一瞬訪れた
蜜色のひとときなのでしょうね
ちょっとウルウルしてしまいました。これは非売品。展示後お母さんに贈られるそうです。まだあまり知られていない「ペーパクイリング」をぜひ見て頂きたいと思います。(女房)
「今は冬でも」
必ず
花を咲かせ
葉を生い茂らせ
実りの時へ
辿り着きますから
どうか
待っていてください
先ずはじっくりとご覧下さい。ひぇ〜こんなん、ひとつづ作ったの????、きっと、私なら1分でキレてしまいます。
紙をまいて、まいて、まいて∞に続いて出来上がった花々。手作業の極みです。作家さんのお話によると、葉っぱ一枚に約2時間とか。一番大きな作品は、夏真っ盛りを象徴するようなひまわりの花ですが、遠くから見ると、ふつ〜のひまわりですが、どうか作品ギリギリまで近づいてご覧下さい。すべて、紙をまいて、切って作り上げてあります。
「ペーパークイリング」という言葉は、まだ馴染みの薄い言葉ですが、発祥は中世ヨーロッッパで、聖書を作る時に発生する切れ端を、やっぱ聖書だし、破棄するのはなぁ〜という事で、何とか再利用を思案し、その紙切れで花を作って宗教画を飾るのに使ったのが最初らしいです。それが、贈物の小物に使われたりしてポップになって市民権を得たものです。
とにかく、遠くから眺めるのではなく、近寄って見て下さい。一つ、一つの葉っぱや、花を作るのに流れた膨大な時間と作家の思いを汲み取っていただきたいと思います。作家さんの作品をあしらった「花言葉おみくじ」(300円)等の小物も販売しております。クリスマスプレゼントに、今からご用意いただくのはいかがでしょう。
詩人としても活躍されている作家さんが発表された詩の同人誌も、店頭にご用意しております。作品を見ながら、お読み下さい。
数年前、女房と北海道で蝦夷フクロウのつがいを目の前で見た。古い巨木の天辺付近にでじっとしている二匹。回りにいる人間なんぞ歯牙にもかけない堂々たる存在。こんな素敵な場所に案内してくれたのは、ブログでもご紹介したヒッコリーウィンドのオーナー、安藤誠さん。一時間程、その木の下から見上げていましたが、飽きませんでした。その安藤さんが、10月26日(金)来店されて北国の自然やカナダのオーロラのお話とスライド上映会(午後8時スタート)は、ほぼ満員ですが、まだ間に合います。
さて、火曜日より始まった「北岡照子木版画遺作展+北岡広子銅版画展」で、印象深いフクロウの版画が三点並んでいますが、お気に入りは、下の作品です。獲物の兎を、まさに獲得する一瞬を捉えた緊張感溢れる一枚です。
星野道夫「未来への地図」(2005年朝日新聞社)には、口に獲物のネズミを加えて、子どもが待つ巣へ降り立つ、畏怖すべき存在としてのフクロウの写真が載っています。堂々として、ちょっと恐怖感さえ感じさせるフクロウ。照子さんの版画にも、それは地表すれすれを飛ぶフクロウの影に表現されています。追われる立場に立てば、これほど恐怖をイメージさせるものはないでしょう。逆に俯瞰ショットで、この影を見ると大地の生態系の頂点に君臨するものの大きさが感じれます。作者の思惑と別にして、ここには追われるものと追うものの緊張感を立ち位置を変化させることで、感じるこができる作品です。
鳥の写真の第一人者、嶋田忠「鳥のいる風景」(1986年平凡社)を開くと、森の哲学者風情の知的なフクロウの写真や、鋭い視線で、こちらの心の中を見抜いているようなコノハズクの写真があります。ギャラリー見学の後にでも、開いてみてください。
勢いがありながら柔らかな彫刻刀のリズミカルな線。
北岡照子さんの木版画が、古本屋の壁にピッタリ合っていい雰囲気です。
北岡照子さんは60才から始めた木版画を、とても楽しんで作っておられました。彫刻刀が木を削る音は、とても心を落ち着かせてくれると、娘の広子さんに語っておられたそうです。
81才で亡くなるまで毎年手作りのカレンダーを頂いておりました。今、こうして改めて作品を前にして、ゆっくり話されていた京都弁を思い出しています。
昨年、広子さんにはレティシア書房のロゴデザインをお願いしました。選んでくれたのは、黒猫が本の上にちょこんと乗っている絵で、それは、彼女のデザインでお母さんが彫られた蔵書票のデザインから頂いたものでした。
蔵書票は色々作っておられましたので、5枚1組500円で販売しております。
お母さんと共に作られた、看板猫の絵を大切にしていきたいと、しみじみ思っています。(女房)
●「北岡照子木版画遺作展+北岡広子銅版画展」は10月7日(日)まで。
●10月1日月曜日は休み。
本日から、ギャラリーでは「EUSOL MUSIC COLLECTION」が始まりました。何十年も前からお付き合いの音楽仲間が自分の膨大なLP、CDコレクションの中から選んだものを展示、販売しています。
大学卒業後、初めての会社は輸入レコードの卸、販売会社でした。当時は、もちろんインターネットもなく、CDすら世に出ていませんでした。音楽を聴くには、LPを買う以外に手がない時代でした。そして、海外からの情報も少なく、当時の音楽小僧達は、ビルボードのチャートを見ては、数少ない輸入レコード店に走るぐらいしか新しい音楽に接することが出来ませんでした。
その輸入卸元で、最初は海外との取引の見習いから始まり、当時盛り上がったウエストコーストサウンドの一杯詰まったLPを持って、アメリカ村のレコードショップやら、雑貨屋、カフェを回ったりという営業をやり、最後は京都の店を任されました。会社はその数年後、社内のゴタゴタで空中分解。違うレコードショップに移って10年間程、今度はパンク少年や、メタル小僧に、ゴシック少女がお客様でした。この時は、インディーズレコード花盛りの時代、音楽シーンも多種多様なサウンドが入り乱れ、私には一番刺激的な10年間でした。多分、この刺激に満ちた時を過ごしていなかったら、私の感受性はきっとつまらないものになっていたでしょう。
ギャラリーでは、今もロック小僧でいられる自分を作ってくれたLPやCDがズラリと並んでいます。音楽を聴かない人も、そのセンスのいいアルバムジャケット見るだけで楽しいと思います。
本日より一週間「やんちゃ挿絵原画展」始まりました。
「やんちゃ」は45年前に発行を開始した児童文学専門の同人誌です。今回、120号発行を記念して、使用された挿絵原画を展示いたします。児童文学誌とはいえ、大人が読んでも、その内容の濃さと文章の完成度に驚かされます。120号に載っている「ひとりじゃない」は、40ページ程のボリュームで今を生きる少年達の闇を見つめた小説です。閉塞感で圧迫される少年達。ラストの「そう、だれもひとりなんかない」という独白、少年も読者も解放されます。
或は、詩「春を嫌う」の最期はこんな感じです。
「絶望をしれっと覆い隠す 沼の色した春の空 どこ吹く風の 空のいきものたち 春なんか大嫌いだ」
初めて読みましたが、どれも面白そうな内容です。バックナンバーも販売しています。一部300円です
先日、三重県津市でミニプレス「kalas」を発行されている西屋さんご夫妻が、新刊を持って三重からご来店。聞けば、姫路で開催される西日本のミニプレスの編集者達の集まりに参加される途中に寄ってくださったとか。ありがたいことです。
「kalas」は先ず、表紙の写真がいい。すべて物語を感じます。今回の特集は「続けかたの創りかた」「続ける」ということを巡る四つの物語。秒単位で変化してゆく世の中で、一つの事を続ける困難さと、楽しさ。それは、小さな古書店を営む私にも、大きく関係することです。「創りかた」の漢字が「作り」ではなく、「創り」になっていることにヒントがありそうです。西屋さんご夫妻の郷土への愛に溢れた優れたミニプレスです。バックナンバーも置いています。このボリュームで400円!!
児童文学誌「やんちゃ」は今号で120号になります。
児童文学には疎いのですが、実は編集責任者がレティシア書房のお隣さんなので、時々読ませて頂いています。
今回、ムラタさん(お隣さんです)の作品は長編で、大人の世界を覗いてしまった少年達の戸惑いと、大人たちの深刻な悩みが細やかに描かれています。
認知症の母親を手にかけてしまう息子の話が軸になり、一方で近所の仲良しの小学生3人の心情が綴られています。児童文学をたくさん読んで来たわけではないので、よくは知らないのですが、こんな複雑な深刻なことを取り込みながら、子ども達を生き生きと描くなどという事は、きっととても高度な技だと思います。すごく読み応えがありました。
こういう作家さんが、ごく近くに居られるのもご縁です。
というわけで、9月4日(火)〜9月9日(日)児童文学誌「やんちゃ」のさし絵原画展を開催します。(12時〜20時、最終日は18時まで)
まだまだ暑い時期ですが、お越し頂ければ幸いです。
そして、120号も続いている「やんちゃ」を手に取ってみてください。(女房)
http://yanchakyoto.blog116.fc2.com/page-2.html
出店して頂いた個性的な18店舗のそれぞれの箱の中身は、毎日眺めていても飽きません。
そして一箱古本市と一緒にパン屋さんの写真展をやっています。
このブログでも度々登場の「はちはち」という西陣にあるパン屋さんです。
町の中の小さな森の中で、天然酵母のライ麦パンを焼いている手仕事の様子や、回りの風景、焼き上がった美味しそうなパンを、お店で働く田中さんが写真に収めました。
それに短い文をつけて、パンへの愛情たっぷりの優しい展覧会になりましたのでぜひご覧くださいませ。
んで、「わ、美味しそう!」となれば、お買い求め頂ければなお嬉しい!というなかなかに厚かましい企画です。
『子どもの頃から、手仕事をみるのが好きだった。
畳を縫う職人の針さばき。
絹ごしを手の平で器用に切る豆腐屋。
理髪師のハサミを持つ手は絶えず動いているし、
料理人の仕事をこなす繊細な手はうっとり
ほかにも、手際よく縫い物をする優しい手。
土と格闘する陶芸家のごつごつした手・・・
どの手も、明快な動きで無駄がなく、見ていて飽きる事がない。
今、幸せなことに、パン職人の手を毎日のようにみている。』
会期中、はちはちのパンは火曜日と金曜日(24日、28日、31日)3時頃には届きます。
1袋500円です。(女房)
ARK(アニマルレフュージ関西)の写真展が終わりました。
会期中ご来店頂いた皆様、暑い中ありがとうございました。
募金は最終日、ちゃんとお渡しいたしました。
直接ARKに行ってお手伝いすることはできませんが、写真展という形で少しでもARKの活動を知ってもらえて、よかったと思っています。
おいけ動物病院に置かせて頂いたDMを見て、来てくださった犬好きのお客様とも色々お話ができました。
来年以降も写真展を続けて、広報の一助になれば、と願っています。
ところで、お客様で「マロンちゃんは?」とお尋ねくださった方も何人かいらしたのですが、暑い最中でマロンは裏で寝ておりました。スミマセン。
一方、やんちゃ猫のベベは、暑さに負けず走り回っています。
拭き掃除をしようとすると、バケツに入りビチョビチョ。
新聞を読もうとすれば、飛びついて破る。
ベランダの戸を開ける音を聞きつけたら、すっ飛んできてプランターの土で遊ぶ。
家事の邪魔をすることにかけては、ホントに子猫は天才です。
さて、そんなこんなの猛暑の夏も、大文字の送り火でお精霊さんを送ったら少しは落ち着きます。ちょっと夏バテ気味ですが、「一箱古本市」も始まるので頑張ります。
最後になりましたが、お世話になったARKのエリザベス・オリバーさん、平田さん、写真家の原田京子さん、ありがとうございました。(女房)
ARK(アニマルレフュージ関西)に保護された犬や猫の写真展が始まりました。
猛暑の中、初日から表情豊かな犬達、猫達に会いに来てくださったお客様、ありがとうございます。
彼らは我々のそばで淡々と生き続けて、いつも慰めてくれるのに、時々勝手な人間に惨い目に会わされます。
けれど、ARKに保護された犬や猫のじっとこちらを見つめる目は安住の地を得たおかげか、とても穏やかで健気です。
写真家原田京子さんは、2006年よりライフワークとしてARK の動物達の写真を撮り続けていらっしゃいます。
犬と猫、そして人と動物が、隣り合って生きているARKの世界を優しく見つめている素敵な写真の数々。
店主はずっと前からARKのサポーターになっていて、身体に障害があったり、人間不信になって引取先をみつけるのが難しい犬のスポンサーを、少しずつですが続けてきました。
そして、やっと犬を飼える状況が出来た時点で、このブログでも再々登場しているマロンをARKから譲り受けました。
あれから6年。
ARKの写真展を京都で開く事でサポーターとして少しでも貢献できれば、と申し出ていたところ、やっと実現いたしました。
多くの人にARKの活動を知って頂きたいと心から願います。
4日土曜日の昼過ぎにはエリザベス・オリバーさんもご来店予定。京都の夏は格別暑いですが、お越しいただければ幸いです。(女房)