吉田篤弘のデビュー作「フィンガーボウルの話のつづき」(平凡社/古書1400円)が、書き下ろし解説を含むリマスター版として復刊されました。本書は2001年新潮社より単行本として刊行され、2007年8月新潮文庫から出ましたが、単行本、文庫とも絶版になっていました。装丁はもちろんクラフト・エヴィング商會で、イラストは著者が描いています。親書を少し大きくしたサイズは、手に持った時の感触が素敵です。

著者は、この増補版に収録されている「『フィンガーボウルの話のつづき』を書くまで」で、自分の書く物語を壮大で大きな物語ではなく、「ささやかな『小さなもの』でいい。読むのに何週間もかかる大長編ではなく、子供のころに書いていたもの、仕事の合間にこっそりと書いてきたもの、そうしたごく短いものでいい、それが自分にはちょうどいいのだ。」と語ります。では、どうしたらそんな物語が出来上がるのか。

この小説は11の短編から成り立っているのですが、どの物語にも共通するのが、ビートルズの傑作アルバム「ホワイトアルバム」です。曲がどうのこうのというよりは、このレコードジャケットに印字されている6桁の数字が、大事になっています。私の持っているアルバムにも「No A 418604」という数字が印字されています。

「ひとつ、ヒントがあった。とある中古レコード店でビートルズの<ホワイトアルバム>を見つけたとき、ジャケットの

隅に打たれた六桁の数字に、ふと感じ入った。それは全世界共通の通し番号で、本当かどうか分からないが、同じ番号は二つとないという。そこから物語の入口を思いついた」

そうして出来上がった物語がこれです。「やわらかな雨の降る日に開く<レインコート博物館>」、「毎日、午後四時あたりになると、かならずそこへ閑人たちが集まって来る」という閑人カフェ、「食堂の本当の名前が思い出せない。なんというかセイロン風の名があったかと思うが、私たちは皆、『シナトラ食堂』と呼んでいた、等々不思議な店がポツリポツリとあるこの街を歩くことになります。ビタースィート、メランコリック、そして少々ペシミスティックでありつつ、ロマンチックな世界が心地よくなってきます。

いいセリフをひとつ。

「人の記憶に残ることなど、引きちぎられた紙屑ぐらいのものでしかない。それはまさしく、ちょうど<予告編>ぐらいの分量ではないか」

 

★イベントのお知らせ

「世界ひとめぐり旅路録」展開催中の小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約)

 

東京世田谷にある「世田谷文学館」。ここでは面白い展示会が目白押しで、ぜひ訪れてみたい場所です。

この文学館がらみの本を二冊ご紹介します。

本好き、映画好き、音楽好きなら一度はその魅力にはまったファンキーおじさん、植草甚一の資料をまとめた「世田谷文学館資料目録3 植草甚一関連資料」(1800円)。これは彼の原稿、メモ、手帳、そしてコラージュ作品に至るまでを収録し、写真で紹介した労作です。映画の試写室で、原稿を書くために、映像の流れを追いかけながら執拗にメモを取ったメモ帳は初めて見ました。ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」のオープニング部分を詳細に分析したメモがあってこそ、あの評論は書けたのですね。

モダンジャズを聴き始めた頃の「ジャズコレクションノート」、海外の雑誌から面白そうな記事を切り抜き、翻訳していったノート、そしてびっしりと予定やら、日々雑感が書き込まれた手帳を見ていると、この人は心底「書く」という事に熱心な人だったことが分かります。原稿をじっくり眺めていると、新しいこと、おもしろいことを見つけた喜びで文字が踊っているみたいです。読んで、観て、聴いて、情報を集め、どんどん書いて幸せな一生を終わった人の遺品ですね、これは。巻末には文学館が所蔵する植草関連資料の一覧が載っていますが、今すぐでも見たいものばかりです。

もう一冊は、クラフト・エヴィング商會の「星を賣る店」(平凡社1800円)です。

こちらは、2014年1月に開催された「クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会・星を賣る店」の公式図録であり、彼等が作り出した作品のベストアルバムのような本です。見ているだけでウキウキさせてくれる作品が並んでいます。(これ、実際に展示会で目の前で観れたら、どんな気分になるだろう?)

そして、クラフト・エヴィング商會の著作、クラフトのメンバー吉田篤弘、吉田音、吉田浩美の著作、そして彼等が装幀した本の一覧へと続いていきます。いや〜ぁ、こんなにたくさんの装幀に関わっていたんですね、驚きですよ!「ちくまプリマー新書」なんて創刊からずっと担当です。

彼等のブックデザインは、通読しなくても、つん読だけでもその本の魅力を伝えてくれる力を持っています。ためしに書店に行かれて、このカバー良いなぁと思われたら、クラフト・エヴィングが担当している確立が高いはず。紙と言葉で作られた本への愛しさ溢れる作品ばかりの一冊です。

こんな素敵な展覧会やっている文学館、他にも「岡崎京子展」とか「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」とか、展示会のタイトルだけで興味津々です。(写真は建物の全景です)