当店のお客様が、学生時代に馴染んだ海外文学をドンと放出されました。本日より29日(日)まで5日間のフェアですが、面白い本が沢山あります。

発売された途端に注目されたルシア・ベルリンの短編集「掃除婦のための手引書」(講談社900円)。1936年アラスカ生まれのルシアは不遇の作家でした。2004年に亡くなりましたが、生前はほとんど評価されませんでした。しかし、死後十数年たって”再発見”されます。

日本で初の翻訳を担当した岸本佐知子は「このむきだしの言葉、魂から直接つかみとってきたような言葉を、とにかく読んで揺さぶられてください。」と書いています。夜明けに、震える足で、酒を買いに出かけるシングルマザーを描いた「どうにもならない」は、辛い物語ですが心の奥底に響いてきます。

以前にブログで紹介したアメリカ社会の底辺を生きる人々の声をすくい上げたリン・ディンの「アメリカ死にかけ物語』(河出書房新社700円)も今回出ていますので、あわせてお読みください。

昨今の海外文学の紹介では新潮社「クレストブックス」シリーズは外せません。25歳でデビューしたテア・オブレヒト「タイガーズ・ワイフ」(新潮社700円)、人生の多面的な表情を巧みに掴み取る名手、現代イギリス文学の名匠イアン・マキューアン「土曜日」(新潮社900円)。長編小説の醍醐味ってこういう作家の本ですね。彼のブッカー賞受賞作「アムステルダム」を読み終わった時には豊かな気分になりました。

他に、ロシア系作家クセニヤ・メルニク「五月の雪」(新潮社500円)、岸本佐知子翻訳・ミランダ・ジュライ「最初の悪い男」(新潮社500円)などが出ています。

確か2000年だったと思いますが、みずす書房が「サン=テグジュべり・コレクション」全7巻を出しました。その装丁のスマートさに惹かれて、「夜間飛行」(みすず書房500円)を買った記憶があります。このシリーズからは「南方郵便機」(みすず書房500円)も出ています。文庫を買うなら絶対こちらがおすすめです。

村上春樹翻訳本では、グレイス・ベリーの短編集「その日の後刻に」(文藝春秋500円)、柴田元幸、川本三郎らと参加した「and Other Storiesとっておきのアメリカ小説12編」(文藝春秋300円)があります。後者は、アメリカ映画ファンなら読んで欲しい。映画化された作品ではありませんが、アメリカ映画の匂いが立ち上ってきます。

今回の目玉として、柴田元幸が編集した海外文学雑誌「MONKEY」(Switch)のバックナンバーがずらり登場。川上未映子が村上春樹にインタヴューする「WINTER 2015」は買いですよ!価格はすべて500円という特価。

最後にもう一冊ご紹介。梨木香歩翻訳・クレア・キップス「ある小さなスズメの記録」(文藝春秋500円)はとてもいい本です。ハードカバー、函入りのこの版をお勧めします。読んだ後は、ぜひ部屋に飾ってください。挿画は酒井駒子です。

とにかく安く出ています!お早めにどうぞ。

 

 

小さな町パウルシュタットのはずれにある墓所に眠る29人の死者たちの声を掬い上げて、彼らの人生の一瞬の輝き、失意を描いたローベルト・ゼーターラーの「野原」(古書1650円)は、生きること、そして死ぬことが心に迫ってくる傑作長編小説です。

「そこはパウルシュタット市の墓地の最も古い区画で、多くの人からはただ『野原』と呼ばれていた。」

そこに、毎日やってくる老人。老人がここで聞こえてくる「死者たちの声」に耳を傾ける所から物語は始まります。

「実のところー男は、死者たちの語る声を聴いていると信じていたのだった。なにを話しているはわからなかったが、死者たちの声は、あたりの鳥のさえずりや虫の羽音と同じように、はっきりと聞こえた。」

そして、ハナ・ハイムニからハリー・シュテーフェンスまで29人、町に生き、死んだ男たち女たちが登場して、自分の人生を語っていきます。それは、幸福だったものばかりではありません。怒り、悲しみ、軽蔑など様々な感情が混じり合い、死者たちが代わる代わる、人生の断片を語っていきます。時には、ある死者の語りに、他の死者が登場したりしながら物語は進行していきます。

死者たちは愚かしいほどに自己弁護や、後悔を繰り返します。その声を老人が、そしてわたしたち読者が汲み上げてゆくのです。そして、ふと思うのです。死という終着点にたどり着いた後にも、ひとは自分自身の人生の全貌を把握しきれないのではないかと。

「父が故郷に帰ってきて以来煩わされていた肺病で死んだ。最期はあっという間で、父は誰に別れを告げることもなく、正午前にはもう家から運び出されていた。小枝の束のごとく痩せ細って軽い体だった。それからほんの数週間で、母もあとを追った。中身がいっぱいに詰まった買い物籠を提げて家に帰る途中で、突然立ち止まり、頭を後ろへそらすと、しばらくのあいだ、はるかかなた、雲ひとつない青空のどこか一点にじっと狙いを定めるかに見えたが、直後に歩道の真ん中で横にふらつき、倒れて死んだ。籠から四つ、赤い夏のリンゴが車道へと転がっていき、しばらくそこで陽光を受けて輝いていたが、そのうちひとつ、またひとつと帰宅途中の車に轢かれていった。 こうして、私はひとりになった。残りの人生をどう過ごしたものか、混沌としてわからず、探求を始めた。」

29人の死者の声を、誰もいない墓地で、聴いてみませんか……。

スペインの映画監督ペドロ・アルモドパルの最新作「ジュリエッタ」の原作、アリス・マンロー著「ジュリエット」(新潮社クレストブックス1900円)が入荷しました。マンローは短編小説の名手として知られています。この本も8本の短編が収録されていて、「ジュリエット」「チャンス」「すぐに」は、ジュリエットという一人の女性の人生を描いた連作短編で、マンローの愛読家だったアルモドバルが映画化しました。

大学院生だったジュリエットが、列車で乗り合わせた漁師と恋に落ち、結婚し、娘を出産します。人生が順調に進んでいたと思っていた矢先、夫は嵐の中、漁に出て遭難。娘はある日、家を飛び出し失踪。田舎に残した両親ともわだかまりが溜まってゆく。そして、娘の失踪先が判明し…….というのが三つの短編で描かれています。

角田光代は、マンロー的世界を見事に表現しています。

「アリス・マンローの短編小説は、読むというより「触れる」に近い。異なる時代、異なる場所で生きるだれかの人生に、否応もなく触れてしまう。その人生ががらりと変わってしまう一瞬に立ち会い、目撃してしまう。そんなちっぽけなことで人生はこうも変わるのかと、打ちのめされたように思う。それでも人生は続き、私はわからなくなってくる。あのときこうしていたら今より幸福だったのか? 不幸だったのか? だれかの、ではなく、自分のことのように。そして思う。生きることは、もしかしたら、幸福とも不幸ともまったく関係ない、それらを凌駕するようなものなのではないか、と。」

映画版「ジュリエット」ラストも、これから先に幸せがあるのか、そうでないのかわからない終わり方をします。角田の言う「生きることは、もしかしたら、幸福とも不幸ともまったく関係ない」、ひたすら続くのだ、という事でしょう。ジュリエットが乗る車の前に蛇行しながら続くハイウェイが、そのシンボルだとすれば、監督は見事に小説の世界を映画化しています。女性を、母を、そして、親子を様々なスタイルで描いてきたアルモドパルが、やはり女性の一生を描いてきたマンローに傾倒していたのは当然だったかもしれません。

書店経営を経て作家になったマンロー、73歳(2004年)の時に刊行された本短編集には、ハッピーエンドは用意されていません。けれども、だからといってそれは悲劇でもないのです。そこが面白いところです。

ヒラリーさんが、マンローの愛読者らしいのですが、政治的手腕はともかく、こんな”めんどくさそうな”小説に目を向けないだろうトランプさんよりは、マシだろうという気はします。

「ジュリエット」以外にも、優れた海外文学を翻訳している「クレストブックス」が何点か入荷しています。ブックデザインも素敵です。