今年81歳になるイギリスの至宝ケン・ローチ監督の新作です。

1969年発表の「ケス」以来、ひたすら母国の下層階級の人達の姿を描いてきた監督は、前作「ジミー、野を駆ける伝説」で引退を表明していました。しかし、一向に改善されないイギリスの労働者救済システムの前に苦しい生活を強いられる人々の姿を見て、再度メガフォンを取りました。

ローチの作品は辛く、悲惨な世界です。しかし、99.9%絶望的であったとしても、僅かの希望を残してくれます。だから、安心して観ていられます。悲しい気分のまま映画館を出るような作品ばかり作っていたら、きっとこんなに世界的に認められることはありません。

この映画の主人公は、心臓に病気を抱えたベテランの大工。失業保険や、生活保護を受給するために役所を回りますが、硬直したお役所のシステムに阻まれてしまいます。この辺りの細かい描写は、イギリスの現実を映し出しているのでしょう。とてもリアルです。彼は、ある時、ロンドンから引っ越してきた二人の子持ちのシングルマザーと出会います。彼女もなかなか仕事が見つかりません。空腹に堪え兼ねて、食料配給所で、突如缶詰を開けて調理もしていない中身に食らいつくシーンは胸が痛くなりました。そこまで追い込まれている人達が少なからず存在しているのです。リアリストのローチならではのシーンです。

物語は、大工と、この家族の交流を軸に進んでいきます。もちろん、ステキでハッピーなエンディングなんて、期待できません。けれども、ここから映画は現実を超えて、人間の尊厳へと向かっていきます。オリジナルタイトル「I,DANIEL BLAKE」」は、格差社会の成れの果ての無慈悲な現実が、人としての尊厳を奪い取ることへの抗議と怒りです。そして、それでも人間への愛しさを表現した形で終わらせるラストは、感動的です。自分が困っているのに、さらに困っている人の手助けをする主人公の姿が、リアルに迫ってくるなんて映画なんてめったにありません。

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。

虐げられた人達の世界を描いて、いつも背筋をシャキッとさせてくれる映画監督、イギリスのケン・ローチ。69年発表の「ケス」以降、できるかぎり観るようにしています。労働者階級の人々や、誰かさんの大嫌いな移民達の人生を描く映画を、数多く発表して高い評価を得ています。アル中男の出口のない人生を見つめた「マイネーム・イズ・ジョー」とか、ウイスキーテイスティングの才能をもつ貧しい青年が新しい生き方を見つける「天使の分け前」はお薦めです。間もなく新作「私はダニエル・ブレイク」が公開されるので、その前作「ジミー、野を駆ける伝説」を観てみました。

時代は、1932年のアイルランド。国を分断した内戦終結から10年。もと活動家で、アメリカに暮らしていた青年ジミーが生まれ故郷に戻ってきます。彼が、故郷で差別と弾圧を体験したあげくに、国外に退去され、NYで死去するまでを描いています。映画制作に確乎たる信念を持つローチ監督が正攻法で描いたドラマに、こちらものめり込んでいきます。

ローチの映画はたいてい、僅かの希望を残して終わります。この映画もしかり。国外退去で連行されるジミーを見つめる若者達のワンカットです。自由を弾圧するこの時代にハッピーエンドはあり得ません。しかし、青年達に僅かの希望を託しています。この世界の悲惨さを映像化するだけでなく、そこにあるかないかの希望を見つけようと苦闘する作家の姿こそ魅力的です。

明るい明日なんてほぼ絶望的なのに、そこに一筋の希望を、説得力のある描写力で示すのは、宮崎駿も同じです。「もののけ姫」ラストはその最たるものですね。原発事故を思わせる大破壊の後に、森に戻って来た妖精はたった一人。さて、豊かな森は元に戻るのか、もう戻らないのではないか…….。しかし、それでは我々の明日はどうなる?作家の混迷と悩みが導き出したのが、たった一人の妖精の帰還。ここに託すしかない、という宮崎の決意を読み取りました。

映画ではなく、漫画版の「風の谷のナウシカ」(徳間書店全7巻2500円)を読んでいると、権力闘争の凄まじさと惨たらしさ、永遠に続く地獄のような世界の中で、ナウシカという少女にすべてを託した宮崎の思いが伝わってきます。映画も傑作ですが、まだ原作を読んでいない方はこちらもぜひ。

 

 

ウィスキーと言っても、朝の連ドラ「マッサン」ではありません。

ケン・ローチの映画「天使の分け前」の話です。ケン・ローチは、イギリスの労働者階級や、流れ込んでくる移民の世界を描いたものが多く、シビアな結末を迎える作品が多い人です。アル中患者の末路を描く「マイ・ネーム・ジョー」もハッピーエンディングなんかない世界を描きながら、ほんの少しの未来の明るさを提示するという離れ業を見せてくれました。

だから、今回はきっと相当きついなぁ〜と思って観ていたら、なんと大、大ハッピーエンディング。え?ホントにこれで終わるの?と不安が消えませんでした。しょっちゅう犯罪を犯している青年が主人公で、子供が生まれるのに職もなく、けんかばかりと、もうローチお得意の下層階級が舞台。その彼が、ひょんなことからウィスキーのティスティングに目覚めてゆくというストーリーですが、ドキドキのサスペンスあり、心温まるストーリーありの、素敵な素敵な映画です。

ウィスキーの樽を開けた時、ほんの僅かが空中に消えていきます。それを「天使の分け前」と呼びます。この映画でも、長年眠っていた樽の蓋が開けられて、試飲する場面が何度か出てきます。ストレートで、少量、喉を通過する豊潤な香りを味わう瞬間は、まさに幸せ極まります

サントリーが、昭和51年に発行した「酒の本棚」(600円)という本が店にあります。「ウィスキーづくり五十年を記念して」出版されたプライベートな本ですが、執筆者が凄い!開高健、芥川比呂志、星新一、山口瞳、ノーマン・メイラー、ジョン・アップダイク、イタロ・カルヴィーノ、アラン=ロブ・グリエと大御所がズラリ並んでいます。

星新一の作品は、こんな感じで終わります

「ねぇ、おじいちゃん。お酒を飲むって、楽しい事……..」

子供にはわからないことだな。なにしろ、いろいろな酔い方があるからな。おれの場合は、自分にふさわしい酔い方をみつけ、身につけた。それによって、不愉快な気分を追い払えている。酒がなかったら、心のなかの重荷を次の日に持ち越してしまうことになるんだろうな。彼は答えてやる。

「ああ、とってもね……。」

やっぱりお酒が欲しくなりますね。