森泉岳土の「うとそうそう」(光文社800円)は、「小説宝石」に2015年から翌年まで連載されたコミックを一冊にまとめたものです。「うとそうそう」とは、解説を書いている映画監督の大林宣彦によれば、「うと」は「烏」(う)と「兎」(と)のことで、「太陽に烏が、太陰(月)には兎が棲んでいて、そうそう(匆々)とは荒々しい様を意味する。因って、烏兎匆々とは月日が経つのが速いこと」と書いています。つまり、このマンガは「時間」がテーマなのです。そして長い時間の積み重ねの中で、貴方も、私も失った何かを愛しむように振り返る。各8ページ、主人公のモノローグだけを8Bのエンピツで綴った、短篇小説のような淡い世界です。

 

私が、森泉の作品に出会ったのは、確か2013年に出版された「祈りと署名」(KADOKAWA500円)でした。毛筆の様なタッチで描かれた独特の世界に引込まれていきました。この作品集の中に、中原中也の「湖上」をベースにした「夜は昵懇しく」は、3.11の後の都会に生きる少年と少女が公園でデートする姿に、中原の詩がかぶさってくるという構成になっています。

「ポッカリ月が出ましたら 舟を浮かべて出掛けませう 波はヒタヒタ打つでせう 風は少しあるでせう」で始まる中也の詩を巧みに使った短編でした。

新作「うとそうそう」は、余分な線や、背景を排除できるだけ排除して描かれています。さらに「名前はいらない」という作品に登場する猫は、大胆にもコマからはみ出て動き回っています。誰しも自分の生きてきた時間の中で感じる、悲愁、孤独、憧憬などといった感情の揺れをコミックのスタイルで描いていますが、これは詩に近い作品集です。あちこちに広がる余白は、フツーに時間をつみかさね自分の人生を生きてきた人が、様々な色合いで埋められるのかもしれません。

因みに、彼がカフカの「城」、漱石の「こころ」より“先生と私”、ポーの「盗まれた手紙」、ドストエフスキーの「鰐」に挑んだ「城」も近日中に入荷しますのでお楽しみに。

★臨時休業のお知らせ

11月6日(月)7日(火)連休いたします。

 

「千年女優」、「東京ゴッドファーザーズ」、「妄想代理人」等のオリジナル劇場用アニメで一躍注目されながら、47歳でこの世を去った漫画家、今敏の「海帰線」(美術出版社/絶版1300円)が入荷しました。

海人の卵と言われる、未知なる生物の卵を守る青年の冒険を描いた作品です。衰退する漁業で過疎化する町で、明日の生き方も見えて来ない青年が主人公です。そこへ巨大なリゾート開発が進行します。建設反対、賛成に揺れる町の住民と、リゾート開発会社の思惑が複雑に絡み合う構図の中で、青年は卵に向き合います。海に還そうとする冒険ファンタジーとしても、海の神秘を描いた作品としても読めます。ラストシーンは、きっと映像化したかったに違いない、スペクタクルと美しさに満ちています

一途な青年の話の後には、劇作家の松尾スズキがストーリーを書き、エロ漫画を引っ張り続ける山本直樹が絵を書いた「破戒」(イーストプレス700円)は如何でしょう。狂気と抒情が交錯する奇妙な世界。吹き出す血しぶき、制御不可の暴力、そして歪な笑いが渾然となったコミックです。誰もいない学校のプールでセックスに耽る二人を描いたシーンは山本のエロス満開ですね。

「すいません血みどろで」「いいの、それでいいの」

で終わるスプラッタな状況ながら、静謐感に満ちたラストカットまで、目の離せないシュールなコミックです。

そして、ハードな作品の次は、山川直人の「珈琲色に夜は更けて」(角川書店600円)でブレイクなどいいかも。

現代が舞台ながら、山川は、70年代的四畳半フォーク時代を彷彿させる、生活模様や恋愛描写を得意とします。綿密な描き込みによる版画の様な絵とデフォルメされた人物像が特徴的です。この作品は、売れない漫画家が立ち寄る、様々なカフェで出会う、ほんの一瞬の細やかな物語です。煙草の煙と珈琲の湯気が、淡い幻想を作り出す不思議な世界です。なお、著者は珈琲を入れるのと、ボブ・ディランを聴くのが趣味です。

 

★レティシア書房 年末年始休業のお知らせ

12月29日〜2017年1月4日まで休業いたします。新年は1月5日から平常通り営業いたします。

映画館で観たいと思っていた「バクマン」を、ブルーレイで見ることができました。これ、「少年ジャンプ」(実名で登場)を舞台に、高校生漫画家二人の奮闘を描いた青春映画です。漫画雑誌のコンセプトはというと「友情・努力・勝利」と口に出すだけで赤面するのですが、監督の大根仁は、だからどうした!と開き直って、前向き根性努力ものに邁進。その態度良し、拍手です。

で、こういう漫画家の映画だと、机に向かって必死に書いているシーンばかりの退屈な映像につき合わされることになるのですが、そこは違います。一コマ、一コマの漫画が動きだし、走り出します。圧巻はライバル漫画家とバトルするシーン。ペンを槍みたいに構えて大立ち回り。お互いのコミックのワンカットが、手裏剣よろしく飛んでいくというCG効果も満点です。そして、もう一つ重要なのが、ペンの音です。おそらく、かなり試行錯誤した結果でしょう、ペンが走る音が、まるで彼らの青春の疾走を表現するごとく響き渡るのです。この音、映画館で聞いてみたかったですね。

漫画の映画化って、イージーな企画だと批判されますが、文学の映画化と違って、新しい表現方法、あるいは全く違う視点に立つドラマが作りやすいのかもしれません。良い例が、西原理恵子です。彼女のコミック、もしくは人生を映画化した、「酔いがさめたらうちに帰ろう」、「毎日かあさん」、「パ−マネント野バラ」、「上京ものがたり」と映画化していますが、どれも優れた作品でした。

愛読している野田サトル「ゴールデンカムイ」(ヤングジャンプコミック)。アイヌ民族の生活を丹念に織り込みながら、展開する明治時代のアクション活劇ですが、これは、大河ドラマにして欲しい。今のNHKにアイヌをメインに置いたドラマを作る根性はないでしょうが……..。

石森章太郎が全編台詞なしのコミック(タイトルは忘れましたが)を発表した頃から、今日まで常に新しい表現を模索してきたジャンルであることは間違いありません。新しい感覚の漫画家を、どんどん店頭に並べていきたいと思っています。

 

 

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北 カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております

  (要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

高浜寛「四谷区花園町」(竹書房650円)が入荷しました。

太平洋戦争前夜、新宿でエロ雑誌「性の扉」を編集している人々を描いたコミックです。主人公は至心と書いて「よしむね」と読む若きライター。前半は、この本の帯で、映画監督の行定勲が賞賛するように「青春漫画の王道だ!”エロ”はどんな時代にも生きる勇気を与えてくれる」タッチで話は進みます。そして、彼が娼婦上がりのアキチャンに出会い、一緒になるあたりまでは、ドタバタありのほんわか青春コミックなのです。

しかし、戦争へと突き進む国は、このご時世に不謹慎との理由で、雑誌を発禁処分にしてしまいます。編集長は地下に潜り、やはり非合法と見なされているアカ系印刷会社から出版すべきかと悩みます。そんな時、アキチャンが社会主義運動に加担した容疑で逮捕。ここから物語は大きく動き出します。

編集長は、妻と子供を守るため、寝返って戦争礼賛の戦艦雑誌を立ち上げ、多くの友を失い、一方、心至のもとには、召集令状が届きます。やがて、物語は悲しみのエンディングを迎えます。悲惨なのは、この編集長の人生でした。戦後、戦犯扱いされて消えていきます。

このコミックのステキなところは、戦時中の悲しい話に留まらないエピローグにあります。

時代は一気に現代にとんで、同じ「四谷区花園町」界隈で、バーを営むアキチャンの孫娘が登場します。そこで、編集長の人生を振り返りながら、こう呟きます。

「だーれも自分の未来なんか見えなかったんだよね。ただ目の前の小さな事に決断していくうちに気付けばそんな事になっている……。」

戦争へと世の中が進んでいく様を、見事に表現しているではありませんか。

行定勲が「映画にしたいと思った」と書いているのですが、それは、アキチャンの孫が、ボーイフレンドに祖母の最後を語る、このエピローグがあったからでしょう。もうそのまま映画用の絵コンテ使用で、行定が映画に、と思うのも当然でしょうね。なお、高山寛の傑作「イエローバックス」も近日入荷予定です。

 

 

 

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショーを予定しております。(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

ギャグマンガでお馴染みの上野顕太郎が、自分の妻の死を描いた「さよならもいわずに」(ビームコミック400円)を入手しました。元来、ナンセンスでシュールな世界を描いて来た漫画家が、突然の妻との永遠の別れを、どう描いているのか興味はありましたが、そんじょそこらのお涙ものにしていないのはさすがです。

作家は、本編の中でこう書いています。

「葬式が済んだ直後に、私はこの作品に着手する旨を担当に表明しており、直ちにネームにとりかかっている。それは生々しく、作品として客観性を欠いていた」

しかし、出来上がった作品は冷静です。妻の死亡から、その後の一年を描いているのですが、各章の見出しは「2004年12月9日 午後5時55分」とか、「2004年12月初旬」という風になっています。まるで、映像によるドキュメタリーみたいな感覚で、こちらも過剰な感情移入をすることなく、この作家の生きてきた時間を見つめることができます。細かい所まで描き込んだセレモニーとしての葬儀のシーンは、実際に身内を送った方には、そう、そうこういう感じだったよねと思いだされるかもしれません。

喪失感に苛まれた年が終り、新しい年を迎えます。だからといって、心機一転とならず、人生は続く。作者は、またこう言います。

「この作品の最後にあるのは絶望だ。だが、その先に希望があることを今の私は知っている。」

家に帰るのが好きだった主人公の「ただいま」という言葉で始まったこの本の、最後の章「2010年6月」の、最終のページに書いてある言葉は「おかえり」です。

コミックの様々な技法、或は映画的手法を駆使しながら、一人の作家の悲しみを描いた、いわば私小説ならぬ、私漫画の傑作でしょう。

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

小説では表せない世界を、コミックという表現手段を駆使すれば、とても面白い世界が展開することがあります。最近、何冊かそんな本に出会いました。

「辺境で」(角川400円)というタイトルに魅かれて手に取ったのが、伊図透の作品集です。壮大な物語がこれから展開しそうな最新作『銃座のウルナ』(1巻発売中)で話題の作家の、初期から最近作まで集めた作品集です。クールなタッチで描かれる「辺境で」は、冷たい風が吹き荒れる北の大地で繰り広げられるサスペンス。ハードボイルドタッチで物語は進みますが、人物造形が見事です。

次に紹介するのは、ガラリと世界が変わり、秋山亜由子の「こんちゅう家業」(青林工藝舎800円)。なんとも不思議な世界が展開する、一種のファンタジーです。タイトル通り、こんちゅう達が主人公なのですが、人間のごとき姿の虫?も登場して、奇妙な世界が展開していきます。グロテスクなようで、哀れで、そして切ない感情が入り乱れます。黄泉時を巡って展開する「十三夜」、花の精が登場する「つくも神」はお薦め。表紙に「あんじょういきますように…..」と京都弁で書かれていますが、まさに「あんじょういかはる」世界です。因みにこの京都弁「(過不足なく、ほどほどに)上手く行きますように」というニュアンスです。

 

さて、もう一冊。Panpanya「蟹に誘われて」(白泉社700円)です。これ、文章で説明するのが難しい。「いずれが幻なのか この世か。あの世か」と帯に書かれていますが、その通りの世界です。とは言え、妖怪やら魑魅魍魎が闊歩するものではありません。脱力系キャラの女の子の日常を散文的に描いてあるのですが、どうにも説明できないシュールな世界なのです。ちょい、つげ義春風に書き込まれた背景に佇むかわいい女の子。ユルキャラっぽい山椒魚に、イルカまで登場して、物語があるような、ないような展開が続きます。なんだこれ、とは思いながら、不思議とこの世界が心地良いのです。やはり、幻なのか、あの世なのか…..。多分、描き込まれた背景がリアルなこの世で、女の子たちはあの世の住人。その接点をフラフラ漂いながら、読みました。

Tagged with:
 

岡崎京子の短篇コミック「チワワちゃん」(新装板/角川書店600円)が入荷しました。

彼女は90年代の女性コミックを引っぱり、前人未到の世界へ向かった作家ですが、最初に長編を読んだ時は、はっきり言って苦痛でした。物語世界に溶け込めないし、煙草と酒とセックスと暴力に閉口しました。

しかし、ボリス・ヴィアン原作の「うたかたの日々」を漫画化した岡崎版「うたかたの日々」(宝島社700円)は、原作以上にガ〜ンと脳天直撃でした。

 

「チワワちゃん」は、90年代中期の傑作短篇集と評価されている作品で、表題作がその代表作です。バラバラ殺人事件の被害者、チワワちゃんの実像を、遊び仲間がそれぞれ語るのですが、そのコマの切り方、乾いたタッチ等、まるでヌーベルバーグ派の映画的手法のようであり、新しい感覚のドキュメンタリーを見ている感じです。被害者を「品行方正」と言い続けるマスコミだがその実体は・・・というのは、かなり野暮ったいお話ですが、読者を引っ張ってゆく力量は岡崎ならではです。

物語の後半、チワワちゃんの手向けのために仲間が早朝の港に集まるシーンが見事です。身開きワンカットで表現される開放感。私たち自身、この港の風に巻き上げられて海の彼方に持っていかれる感じです。

岡崎の代表作「RIVER’S EDDE」(宝島社850円)の最後、田島カンナが焼身自殺するカットでも、同じ様なコマ割りで、燃え上がる炎と煙で、その象徴的なシーンを表現していたことを思いだします。明るい未来という名の地平線が、永遠に閉じてしまった世界で、彷徨するティーンエイジの傷みを描いているこの作品、この焼死体の次のカットで、草むらで痛くなるぐらいセックスをする二人に被さるように、こんな独白が書かれています。

「観音崎君は不安と怒りと精液を一緒くたに全部あそこにぶちこむしかなかったんだと思う」

辛く、痛いコミックですが、何度でも読みたくなります。

国文学者、折口信夫が釈迢空(しゃく・ちょうくう)の名で1943年に出版したた「死者の書」が、近藤ようこによって上下巻のコミックとしてリメイクされました。(角川書店2冊1100円)

奈良県にある当麻寺に伝わる当麻曼陀羅の伝説を基に書き上げられた幻想小説です。

時代は平城京の盛りの頃。お彼岸の日、藤原四家の一つ豊成の娘、郎女(いらつめ)は、日が落ちる山に尊い御方の幻影を見ます。 千部写経の成就に導かれ、非業の死を遂げた大津皇子の亡霊と交わり、尊い御方の姿を蓮糸で曼陀羅に織り上げた姫は、自らも浄土へと誘われてゆく、というお話です。

原作を読んだ時、錯綜する人物、古代の宗教観、死生観等が入り交じって進行するものですから、なかなか読みづらい小説でした。しかし、

「した、した、した」という言葉で死者が目覚める物語の始まりから、何か得たいのしれない力にぐいと掴まれて、魍魎たる世界へと入ってしまいました。

この死者は射干玉(ぬばたま)の闇の中でゆっくりとに記憶を呼び戻し、かつて好きだった耳面刀自(ミミモノトジ)に語りかけていきます。非業の死を遂げた若者のキャラクター造形が見事で、あの小説はこういう話だったんだと納得しました。

近藤ようこは坂口安吾原作による「戦争と一人の女」(青林工藝舎800円)で、狂気の戦争とその後を生き抜く男と女の姿を、見事にコミックとして成立させていましたが、「死者の書」も、原作へのイントロダクションとして、或は、原作で展開する西国浄土への幻影の視覚化に成功しています。

ラスト、曼陀羅を書き上げた姫が、誰にも気づかれずに、この世から、浄土へと旅だってゆく数ページの描き方は、ひょっとしたら小説以上かもしれません。

松岡正剛は「死者の書」を「日本の女が見た古代の魂の物語なのである。」と「松岡正剛の千夜一夜」で書いていますが、近藤版「死者の書」は、自らの魂の進むべき方向に、すべてを捧げた女の一生の物語と言えるのではないでしょうか。

情報によれば、次回マンガ化するのは、夏目漱石の「夢十夜」だとか。こちらも期待ですね。

 

★臨時休業のお知らせ 6月6日(月)、7日(火)お休みいたします。

 

 

 

Tagged with:
 

先日、DVDで三島有紀子監督「繕い裁つ人」を観たところでした。神戸を舞台に、仕立て屋の女性の日々を静かに描いていますが、原作は池辺葵のコミックです。その全6巻セット(講談社1500円)が古本市に出品されていました。映画は、コミックの第一話、二話を作品にしているみたいです。台詞もそのまま使っていました。

完璧に作られたコミックの世界を、生身の人間ドラマにするってきっと大変な作業ですが、空気感は見事に映像化されていました。古くからそこにあるモノへの愛しさと、それを大切に扱う職人の世界が、様々に展開していきます。全6巻、ゆっくりと読んでいただきたい作品です。

他にも、コミックが沢山出品されています。「五条大橋を渡って東へ進む」で始まるのは今井大輔「古都こと」(秋田書店全2巻400円)。京都を舞台にした、不器用な男女を描いた話ですが、これ構成がユニークです。第一巻は、女性側視点で、第二巻は男性側視点でそれぞれに描かれています。こうやって全く違う視点から描いていくと、けっこう退屈な話でさえスピーディーな展開になるようです。京都の方なら、お、この光景はあすこかと?推測しながら読むのも面白いコミックです。

当店人気の今日マチ子作品も出ていました。「ぱらいそ」(秋田書店600円)です。長崎の原爆投下に発想を得て描かれた物語ですが、辛く、悲しい物語にもかかわらず、この作者の戦争と戦争が引き起こす様々な犯罪を乗り越えて行こうとする強い姿勢をを感じます。「cocoon」、「アノネ」に続く少女×戦争シリーズの完結編です。ぜひ、揃えて下さい。

アンダーグラウンドな人気で一時期時代をリードした丸尾末広の作品が数点出ています。荒俣宏が丸尾を「プロレタリア文学や前衛不条理劇の復興をうながす人物と目される日がくるかもしれない」と評価した「笑う吸血鬼」(大判コミック/秋田書店1000円)で展開される悪夢の如き世界。他の作品は読んでいませんが、この作品に登場する吸血鬼が抱え持つ深い傷と悲しみを表現する技術には圧倒されました。彼らに救いの日は来るのだろうか……..。文学ではなし得ない、コミックだからこそ可能だった世界です。続編「ハライソ笑う吸血鬼2」(大判コミック/秋田書店1000円)も出ていますので、未読の方はご一緒にどうぞ。

 

 

「蚕は手榴弾なんか使わないんだ。自分で繭を破るんだ。死ぬのは負けだ。繭を破ってふ化するんだ」

今日マチ子の戦争まんが「COCOON」(600円)に出てくる台詞です。

女性コミック雑誌「エレガンスイブ」に連載したもので、沖縄戦で悲惨な最後をとげた「ひめゆり学徒隊」をモチーフとした漫画です。特徴的なのは男の兵隊は繭のかたちでいっさい顔が描かれていないことで、悲惨な戦場の現場を描きながら、少女の広がる空想世界に視点を据えています。多くの親友を失った主人公が、敗戦を迎えて、「生きてゆくことにした」という独白と共に、紙面から消えてゆくラストシーンは、感動的です。

さらに、2011年には、戦争まんが第二として「アンネの日記」をベースにした「アノネ、」の連載を開始します。登場人物を、「アンネ」ではなく「花子」と日本名に改めて、彼女とその家族が死に追いやられるまでの過程を描いていきます。注目すべきは、花子とヒトラーとおぼしき青年の邂逅を少女漫画独特の細い線で描き出したことでしょう。上下巻(900円)となった単行本の扉には、前田敦子がこう言っています。

「花子の可憐さと残酷さ、強さ、絶望と。そのすべてに引込まれました。」

出来れば避けて通りたい戦争の醜悪な実体を、少女まんが独自の視点と手法で描ききった力作だと思います。私が彼女を知ったのは、「センネン画報」という本でした。松本隆が帯に推薦を書いていたので読みました。彼好みのイノセントな少女コミックでした。その後、東北大震災を扱った「みつあみの神様」を発表していますが、読んでいません。

「COCOON」の後書きで、彼女は戦争を描くことについて、こう語っています。

「描きたいことはたくさんあるのに、じぶんの表現の未熟さに悔しい思いを何度もしました。描くことを通してなにか根源的なものに触れるときがくるとしたら、そのときまで生きていたいと思っています」

ぜひ、その根源的なものを読んでみたいものです。アベちゃんにも送ってあげよう!

Tagged with: