おいおい、紙の本の商いをしている店の言うことか?!とおっしゃる方もいるかもしれませんが、いいんです。

Macに搭載しているi-bookを活用して、今、私は原民喜の著作を読んでいます。(著作権切れなんで、すべて無料ですよ)サウダージブックスから出された「幼年画」(1728円在庫僅少)を読んで、この人の文章に魅かれて以来、気になる作家でした。愛する妻に先立たれ、自身も故郷広島で被曝し、その後、命を断った夭折の作家を追体験してみようと決心して、ダウンロードを開始。名作「夏の花」「廃墟から」「廃墟の序曲」のいわゆる「夏の花」三部作は言うに及ばず、数十にも及ぶ作品が入手可能です。

被曝を描いた、最も優れた小説として評価されている「夏の花」は、確かに本を閉じたくなるような悲惨な情景に出会います。けれど、悲惨さが悲惨なだけの筆運びではなく、それを突き抜けようとする作家の魂が読む者を離しません。作家は先立った妻の墓参りに帰郷していた時、原爆に直撃されます。

「突然、私の頭上に一撃が加えられ、目の前に暗闇がすべり堕ちた。私は思わずうわあと喚き、頭に手をやって立上がった。」

そこから地獄が始まります。その惨状を冷静に記録していくような文体は、ノンフィクションと言っていいのかもわかりません。でもこれは小説です。人類が手にした最も恐るべき原子力の警告とも、被曝の現状を作家の視線で再生したものとも、受け取れます。

この作家の、原爆を書いたもの以外の作品も読んでみたい、丸ごと理解したい、そんな時に電子書籍は最適です。Web上で公開されている広島文学資料館の「原民喜の世界」を同時に画面にアップしながら、作家を追いかけてみたいと思います。

「五月の日の光りは滴り、風は静かだった。蒼穹の孤線の弾力や彼の立っている地面の弾力が、直接僕の胸や踵に迫ってくるようだった。壮厳な殿堂の幻が見えて、人類の流れは美しくつづいて行く。」

と、エッセイ「夢と人生」で書いています。中々難しい表現だらけで、私の頭では一回で理解できませんが、言葉はどれも美しく立ち上ってきます。

「幼年画」の解説で、倉敷の蟲文庫の田中美穂さんが、なぜ原に惹かれるのか、一言では表現できないけれども、生前彼と親しかった遠藤周作の言葉を引用して、その思いを述べられています。

「人間にはその人のことを思いだせば、胸がいたみ、その人が自分にとって一つの良心であるような存在にめぐりあうことがあるものだ。私にとって原さんとは、そのような人だったのである。」

店内には「幼年画」と平和文庫シリーズの一冊として出された「夏の花」(日本ブックエース850円)は置いています。

 

★2月9日(火)〜21日(日) 「女子の古本市」開催します。

 今回は、東京・神戸・姫路・岐阜・伊勢・大阪・滋賀・京都などから、24店舗(女性店主)の選書です。

 きっと面白い本に出会えますよ。 

原民喜の短篇集「幼年画」(サウダージブックス1728円)が入荷しました。

原民喜は、1905年広島生まれ。慶応大学文学部予科に入学、創作活動を開始しますが、太平洋戦争勃発後、広島に戻り被爆します。戦後は東京で活動を再開しますが、1951年、自ら命を絶ちました。享年45歳でした。

この本は、「三田文学」その他に、1930年代後半から40年代初めに発表した短篇をまとめたものです。かつて大江健三郎が、最も美しい散文家の一人と評したように、無駄のない、簡潔で美しい日本語というものを読ませてくれます。

この本の解説は、倉敷の蟲文庫店主、田中美穂さんが書かれています。

「絵画的というよりは映像的で、風景の立ち現れ方や場面の切り替え、流れる空気の色や光の加減など、まるで映画を観ているようなのだ。」本当にその通りだと思います。

表題にもなっている「幼年画」は、ある少年の数日間の出来事を描いたお話で、起伏に富んだ物語ではありません。しかし、少年のあっちへ行き、こっちへ行って様々なものを見たり、触ったりする様子は、一流の映画カメラマンがノーカットで、巧みに、流れる様なカメラワークで見せてくれるような小品です。鍛えに鍛えられた文章力と、厳密に選んだ言葉によりなし得る技ゆえに、可能になったと思います。

さらに言えば、カメラの視線が少年の視線になり、あ〜こんな時代あったよね、とセピア色に染まった自分の幼かった日々を思い起こさせるのです。

「お日さんが家の大屋根の向にあるので、台所の辺はまだ蔭になっていた。隣りの二階の窓のところに白壁にはいい具合に日があたっている。」

「鳩はゆっくりと翼を開き、ぱっと飛び立つ。その時、薄い光が漏れて来て、鬼瓦の頭が微かに輝き出すと、ずんずん日の光が濃くなり、また前と同じ日向が出来上がった」

なんて、別にどうってことない描写なんですが、大きく深呼吸して、今日もいい日だなぁ〜と言ってみたくなります。

150ページ程の本ですが、ゆっくりと味わいながら読んでいただきたい小説集です。

この本を出しているサウダージブックスは小豆島に本拠を構える独立系出版社で、どの本も内容、装丁とも本への愛情溢れたものばかりです。刊行された本のほぼすべてを在庫しております。是非、一度手に取ってください。

西村雅子編集による「”ひとり出版社”という働き方」(河出書房1300円)は、独立系出版社で苦労する出版人のドキュメンタリーなのですが、それ以上に働くということを根本的に見つめた素晴らしい一冊です。

ここには、当店もお世話になっている、タバブックス、夏葉社、サウダージブックス、ミシマ社、土曜社等の十数社が登場します。本の製作から販売、管理まで一人でやるなんて無謀といえば、無謀なんですが、皆さん、いや〜儲かりませんなどと言いながら、喜々として仕事に取り組んでおられます。

最初に登場する「小さい書房」代表の安永則子さんは、育児しながらフットワーク軽く好きな本を出されているから驚きです。夫のお金を使わずに、自分の貯金で事業を軌道に乗せるのに「三年では短すぎるし、十年では長過ぎる」だから5年を目処にがんばっておられます。

東京から京都に移ってきたミシマ社は、正確に言えば「ひとり出版社」ではありません。社員数名の小さな出版社です。本の大事な役割は、世の「小さな声」を拾うこと、と社長の三島邦弘さんは言い切ります。だから、大企業と同じ方法でやっても無駄、面白い人材を集めて、新しい企画を出していくことが役目。最近新たに刊行された「コーヒーと一冊」シリーズは、今までにない切り口の本ばかりで、松樟太郎「声に出して読みづらいロシア人」は当店でも人気の一冊です。

さて、小豆島から発信する「サウダージブックス」の浅野卓夫さんの経歴はちょっと変わっています。元々、文化人類学の研究者を志し、人類学者の山口昌男の書生だった方です。それが、彼が出会った三人の古老との体験(これが面白い)を通して、小さな島で出版社を立ち上げる道へと向かっていきます。プロレタリア文学者の黒島伝治作品を集めた「瀬戸内海のスケッチ」(2160円)や、被爆して、戦後自ら命を断った作家原民喜の短篇小説集「幼年画」(1728円)といった、あまり目立たない作家に注目したり、「焚火かこんで、ごはんかこんで」(1620円)、「感謝からはじまる漢方の教え」(1512円)と暮しに密着した本など、地方発の出版社としての理念を持った作品を出しています。

新刊書店に勤めていた頃、出版社の営業マンから「もっと、積んでくださいよ、いつでも返本していいですから」とはなから、いつでも返本してねという”ぬる〜い”営業が嫌でたまりませんでした。でも、これらの独立系出版社はそうではありません。真剣に、情熱をもって製作した本を、売れる数量を吟味して販売する。それこそ、真っ当な販売だと思います。

レティシア書房が続く限り、この本に載っているいないにかかわらず、一人、二人でがんばっている出版社は応援します!