大学時代、ジャズ喫茶に入り浸っていました。京都、大阪はもとより、東京まで行ったりしました。大学の方は、映画館かジャズ喫茶に行かない”ひま”な時に出かける場所でした。当時のジャズ喫茶は、誰も皆、それぞれに腕を組んでひたすら大音響で流れてくるジャズに向かい合っていました。私語厳禁。店によっては、めくる時に音がするので新聞を読むのも禁止でした。

その頃から、岩手県一関市にあるジャズ喫茶「ベイシー」は有名でした。実際に行った人に聞いてみると、あそこは世界が違う!という言葉が返ってきたことを覚えています。

「ベイシー」と、ここを切り盛りする亭主菅原正二に焦点を当てたドキュメント「JAZZ KISSA BASIE  Swiftyの譚詩」(京都アップリンクで上映中)を見てきました。マニアックな音響論議やレコード話に終始するような映画なら嫌だなぁ〜と思っていたのですが、これが全く違うのです。

真摯に音楽に向き合ってきた男と、彼を支持する多くのミュージシャンたちが、音楽とは、あるいは音とは何かを語っていました。

矢野顕子はコメントでこう書いています。「自分の道を懸命に歩むもの同士は魅き合う。ジャズであり、オーディオであり。でもやはり人間なのだ、坂田明が言うように。音は人なり。」

この店の持っているレコードと、それを鳴らす音響システムはもちろん目を見張るものです。でもモノじゃないんですね。ここに集まってくる人なんです。自分たちの音楽を模索し続けるミュージシャン、新しい試みを迎え入れる店の常連たちが共に作り上げた音楽共同体がここにはあります。

それを見守る菅原正二。「ジャズ喫茶がしぶとく生き残っているのは、ジャズという音楽がしぶといからだよね」と映画で語っていましたが、そうだと思います。70年代から80年代、本場アメリカではジャズが下火になり、多くのミュージシャンが日本やヨーロッパに出稼ぎに出ていました。しかし、その後盛り返し今や多くの愛好家が育っています。

もの静かに語るオーナーの言葉には、この店を守り続けてきた矜持、ジャズを愛する思いがあふれています。だからこそ、ここで新人時代映画の撮影をした女優鈴木京香など、ジャズとは違う分野の人もオーナーの人柄に惹かれて多く登場するのです。

ラスト近く、サングラスをしていたオーナーがそれを外して、愛用のカメラを向けるところがあります。ちょっと助平たらしい顔が、チャーミングで魅力的。店のスタッフは、ほぼ女性でした。

日本独自のジャズ文化については、マイク・モラスキーが「ジャズ喫茶論』(筑摩書房/古書2100円)、「戦後日本のジャズ文化」(青土社/古書1950円)で、詳しく論じています。興味のある方はお読みください。

 

 

 

 

 

 

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