物語の面白さに目覚めた最初は、小学校低学年のとき、親が買ってくれた「少年少女ベルヌ全集、第1巻海底二万マイル」(学研)でした。作者のジュール・ガブリエル・ヴェルヌ(1828〜1905年)は、フランスの小説家でSFの父とも呼ばれる存在。「海底二万マイル」は、誰も見たことのないような潜水艦ノーチラス号に乗って、世界を駆け巡るネモ船長の物語で、読まれた方も多いも思います。

深海で起こる様々なドラマや大ダコとの格闘など、子供にとっては血湧き肉踊るワクワクする世界でした。何度も読み返して、自分自身もノーチラス号に乗っているような錯覚に陥ったものでした。

今回、副音館書店から再発されている「海底二万海里」(古書950円)を読み返しましたが、その面白さは他のベルヌの作品の中で群を抜いていました。時代設定は1866年。「いくつかの船が海上で<何かばかでかい物>に出会っていたのだ。それは、長い紡錘形の物体を発し、クジラよりもはるかに大きく、またずっと速かったのである。」という、なにやら不気味なオープニングで始まります。もちろん当時は、潜水艦なんてものは存在しません。現代の潜水艦に通じるイメージを創り出したベルヌの筆の力には恐れ入ります。

ネモ船長率いるノーチラス号に乗船することになった、アナロックス教授たちとの深海への旅が物語の中心です。未知の生物たちとに遭遇したり、海底を特殊な服を着用して歩いたり、地図上にも書かれていない島々の美しさに驚かされたり、とレイチェル・カーソンが言った「センス・オブ・ワンダー」の世界が広がっていきます。

その一方で、ネモ船長の複雑な心の内へと物語は入っていきます。この男は何者なのか、どこの国の人間なのか、船を建造した目的は何なのか………。深海に佇むノーチラス号の中で一人パイプオルガンを弾く船長には人を寄せ付けない孤独があります。そして、軍艦への激しい憎悪はどこから来るのか。

当時のヨーロッパは、大国による植民地争奪の時代でした。征服され、略奪されてゆく未開の国々。圧政を行う文明国への激しい怒りは、実は、著者ベルヌ自身の被圧迫民族解放の擁護者としての思いだったのです。小説のなかで、ネモ船長は未開人よりも野蛮な文明国家への怒りを表し、「地球に必要なのはあたらしい人間だ」と断言します。

そう、この小説には力のない者の侵略に対する抗議が底辺に流れているのです。日本による東南アジアへの侵略、アメリカのベトナム侵攻、ソビエトの東ヨーロッパへの武力介入などなど、野蛮な行いは続いています。だから、ネモ船長の怒りと悲しみが、切実に迫ってくるのかもしれません。

本作は、1954年ディズニー製作で劇映画として上映されました。それ以降、一度も映像化されていません。ネモ船長の深い人間性を中心にした映画が作られることを期待します。