MACの創始者スティーブ・ジョブスは、若き日、禅僧になることを人生の目的にしていたそうです。それを押しとどめ、社会の中で役立つことをしなさいと諭したのが、禅師乙川弘文。この禅師がまたすごい人物で、女性問題、アルコール飲酒等々で問題を引き起こした「破戒僧」でした。しかし、多くの弟子から慕われた人物でもありました。

そんな波乱の男の一生を追いかけたのが、柳田由紀子著「宿無し弘文」(集英社/古書1400円)です。この僧もさることながら、世界中に散らばる関係者に会って、弘文のことを聞き出し、文章にした著者のエネルギーと執念に脱帽です。300ページの厚い本ですが、全て聞き語りなのでスラスラと読めます。

 

弘文は、1938年新潟県のお寺の息子として生まれます。京都大学大学院を経て、永平寺で修行、その後アメリカに渡り、アメリカ人に禅を教えていきます。離婚、再婚を繰り返しながらも、多くの弟子を育てていきます。しかし2002年、スイスで娘と共に溺死。64歳の生涯を閉じました。彼の死を知ったジョブスは泣き崩れたそうです。その一年後、彼は癌の告知をされます。

ジョブスの友人、レス・ケイは弘文を「精神的な賢者であるかたわら、未熟な少年でした」と振り返っています。お酒にも、お金にもルーズだったとか…….。

弘文が教えたカリフォルニアにある禅寺慈光寺は、本国の曹洞宗から認可されていませんでした 。それは彼が本国へ届けを出していなかったからです。

「弘文は、日本の曹洞宗を布教したかったわけじゃない。法、つまり仏陀の教えを伝えたかった。弘文には欠点もいっぱいあったけれど、釈迦の心をひたむきに学び、真実に生きた」とは弟子のアンジィ・ポオサヴァンの印象です。

禅僧として不適格者、人生の失格者という評価と、釈迦の教えを真摯に教えた無欲の僧という評価が交錯する弘文を巡って、著者も混乱しつつ、各地にいる関係者に取材していきます。著者の困惑を私たちも抱きながら、旅を続けることになります。

元弟子で現在心理療法士になったステファンは「自分を価値あるものと思うこと。自身の経験を敬うこと、目的のためでなく、ただ座禅すること。毎日が禅だということ」ということを教えられたと懐しく語っています。

多くの関係者が登場し、語るのですが、彼の本質はなかなか見えてきません。ジョブスがなぜこれほどまでに弘文に傾倒したのかについても、様々な意見が出てきます。でも諦めずに著者は彼をめぐる旅を続けます。読んでいくうち、もっと弘文を知りたいと思えるから不思議です。

本書のラストは「弘文さんは生きていた 新潟県加茂市市民課の話」です。弘文の最後を飾るにには、なんとも微笑ましいような、ファンタステイックな幕切れです。

「理想的な座禅とは、呼吸さえも意識しないものです。円を描くように呼吸してごらん」という弘文の言葉が印象に残りました。