現在、京都シネマにて上映中の長編アニメ「幸福路のチー」は、台湾から彗星の如く飛び出したソン・シンインが監督した作品です。彼女は、京都大学大学院で映画論を学んでいて、数年間京都に滞在していました。その時の京都での暮らしを綴ったのが「いつもひとりだった、京都での日々」(早川書房/古書1300円)です。

台湾からやってきた若い女性と、彼女の周りを去来する人たちの交流を瑞々しく綴ったエッセイです。半分観光ガイドっぽい京都暮らし本とは一線を画している、とても素敵な一冊でした。

新宿から夜行バスに乗り、京都へと向かい、早朝の京都駅八条口に降り立ちます。初めての古都の印象は、こんな風でした。

「駅の周辺はからっぽ。わたしだけ。暗くて、静かな空間。急に怖くなった。慌てて重たいスーツケースを引きずり、地下街に身を潜めた。何かに飲み込まれてしまいそうで怖かった。 地下街は明るかった。けれど、誰ひとりいない。スーツケースに座って、静かに時が過ぎるのを待つ。古都が目覚めるのを待った。」

静寂感と孤独感。この本を覆っているのは、この二つです。来日直前、彼女は親友の自殺を知ります。友人を失った悲しみと「いつもひとりだった、京都での日々」。

でもこの町と、そこに暮らすおかしくて不思議な人たちとの交流を通して、固まっていた心の中がほぐされていきます。その春風のような優しさが、文章にはあふれています。

居心地が良かったけれど、ひっそりと消えていったカラオケボックス。おばあさん一人がやっている喫茶店。そこは、なんと注文してコーヒーが1時間過ぎて、やっと出てくるお店です。店の名前は「クンパルシータ」。普通なら、二度ど来るか!と思うとことですが、行くんですね、彼女は。やがて、その店も閉じてしまいます。他には、京大吉田寮で出会った天才的ピアニストや、着物フェチの坊主とか、不思議な、そしてちょっと切ないような人たち。

「京都の銭湯が大好きだ」という彼女。銭湯で交わされる京都弁は、当初さっぱり理解できなかったのですが、距離が縮まって、ある時「お風呂あがりに冷たい牛乳を飲むのんが人生最高のことやね。これぞジャパニーズ・スタイルや」と見知らぬおばさんからプレゼントされます。残念ながら、この銭湯も店をたたむことになります。彼女にとって「この銭湯だけが、わたしが厳寒の京都を過ごした場所であり、京都弁を学び、人情の温かさを学んだ場所だということが重要なのだ。」という場所だったのです。

「しゃあないわ。何事にも賞味期限いうもんがあるしなぁ」とは銭湯のおかみさんの言葉です。深い言葉ですね。

最後に彼女はこう書いています。

「神様。京都でひとりぼっちの日々をくださって、ありがとうございます。」

来週、映画「幸福路のチー」を見にゆく予定です。

 

予告

12月11日(水)から始まる知床在住の絵本作家あかしのぶこさんの絵本展に、知床のパン屋さん「メーメーベーカリー」からパンが届きます。シュトレンも含めて20個ほどのパンは、初日のみの販売になりますのでお見逃しなく。