永井荷風の「断腸亭日乗」を引き合いに出すまでもなく、日記文学はとにかく面白いものです。私が日記文学に目覚めたのは高橋源一郎「追憶の1989年』だということは、以前ブログで書いた事があります。

ミニプレス「仕事文脈」を出しているタバブックスから、丹野未雪著「あたらしい無職」(1512円)が入荷しました。これ、非正規雇用で出版業界を渡り歩く一人の女性の日記なのですが、面白いのです。

「会社ってなんだろう。未婚、女性、東京ひとり暮らし。不安もあるけど、好きな仕事をして形を決めずに生きる。非正規雇用、正社員、アルバイト、無職、30歳から41歳の切実な日々の記録」

という宣伝文句通りの内容です。「八月初日 今日から無職」で始まる第一章「39歳無職日記」。ハローワーク通いの日々が始まりますが、悲壮感はありません。「十月初日 さあ、今日も無職だ。」では、世間には案外39歳無職が多い事を知って、「たまに視聴者参加型クイズなんかに元気に出ている三十九歳無職がいると、『無職でも陽当たりよく生きていいのだ』と励まされたりする」なんていう描写に出会います。

やがて、出版社に職を得るのですが、ここがもうブラック企業なんじゃないの、と思える程に離職者の多い会社でした。しかし、一年後、「会社とは何だろう。この共同体でなければならない理由がわたしにはない。ここであらたに身につけた技術や人脈はほとんどなかった。」と退職を決意する。

そして第三章41歳無職日記は、こう始まる。

「三月初日 このまま何事もなく毎日が過ぎたら無職なんだなと思っていたのだが、何事もなく過ぎたので今日から無職だ。」

仕事への態度に誠意がない、などという方もおられるかもしれませんね。でも、書店のビジネス書コーナーにあるような会社での自己変革とか、社会人の自分探し等々の本なんかよりも、よっぽど内容のある本です。効率的に仕事をする本が、何のために役に立つのか理解できなった私にとって、自分に正直に生きている女性の行動の記録として、多くの共感を得るのではないかと思いました。

蛇足ながら、この本を読もうと思った切っ掛けは、8月15日を「終戦記念日」ではなく、「敗戦記念日」と表記していたことです。戦争に負けたことを敗戦と呼ばずに終戦と呼ぶメディアのごまかしに迎合せずに、きちんと「敗戦記念日」と本の中に書いていた作者の正しさを見つけた時、あ、信じられると思ったことです。

 

 

「ここに書かれたものは、母への復讐でも、夫への恨みでも、彼への呪いでもなんでもない。飛行機から見下ろす、新幹線の車窓から眺める、家から溢れる光の中にある、ただそこにあった私の物語にすぎない」

著者、植本一子のこんな文章で終わる「かなわない」(タバブックス1836円)は、複雑な面白さを見せてくれます。

著者は新々気鋭の写真家として活動する一方で、「働けECD〜わたしの育児混沌記」で、家族の事、育児のことを赤裸裸に綴った本を出しました。それから5年。彼女が書かずにいられなかた自分を取り囲むもの・・・家族であり、母であり、そしてその向こうに見え隠れする愛を捉えようとしたのが「かなわない」という全280ページに及ぶこの本です。

2011年から2014年の日記が収録されています。繰り返される日常。家事、育児、そして夫のこと。これが、何故か、下手な小説より遥かに面白い。写真家の石川直樹が、こう評価しています

「植本さんがこんなに端正で抑制の効いた文章が書ける人とは思わなかった。本人は端正というよりは可愛らしく、抑制が効いているよりは何事にも反応を示す敏感な感性の持ち主だからだ。日常に散らばるわずかなきらめきや揺らめきを等しく拾い上げ、丁寧に書き綴った『かなわない』は、とても面白い。ある人の人生に寄り添うことはそんなに簡単ではないが、この本のおかげで、少なくともぼく自信は彼女の人生に共感し、寄り添うことができると思った」

怒り、苛つき、不安、孤独、生きづらさ等が、日々襲いかかってくる。誰にも言えない自分の苦しさが限界点へ登りつめてゆく。子ども二人隔てて地続きの蒲団で寝ている状況で、むくりと起き上がり、夫に向かい、離婚してくれと叫びだす辺りは、そのギリギリの地点だったのではないのか。

では、この本はそんな「家族の地獄」だけをひたすら書き綴ったものなのかと言えば、全く違うのです。「不思議なもので、自分が必要とする人と、しかるべきタイミングで必ず出会えるんだということを実感している。」その様が日記に、エッセイに描かれています。人に助けられ、前を向く。

夕暮れ迫る頃、車窓から見えるのは、通過する沿線に点在する家々の窓から漏れる光。そこに在るのは一人一人の生活であり、人生という物語。読者は、橋本家の窓に映る、彼女の物語を読み込むことで、自分の物語を再構成してゆく、これはそんな本です。これって文学が追求してきたことだったはず。ってことは、これは第一級の文学作品ですね。

店内には「かなわない的読本」というフリーペーパーを配布中です。著者が選ぶ22冊の本という刺激的な一覧も載っています。

 

 

「はたらかないで、たらふく食べたい」(タバ出版1836円)の著者栗原康さんが来店されて、著書にサインをしていただきました。(1冊のみ)

「これだけ仕事がなくなっているのだから、もうみんなでたすけあって、はたらかないで食べていく道をさぐったほうがいいのはないか。というか、そういうたすけあいこそ、ほんらい労働とよぶべきではないだろうか」

という、そうか、こういう労働倫理観もありか!という驚きでスタートします。そして、次々と既成の価値観をぶち壊していきます。

結婚、いい仕事、豊かな生活、そんなもんで自己現実なんて出来るの? と、現代社会を切り倒していきます。それも、げらげら笑いながら、そうかと納得させるあたり、なかなかの曲者です。ヘイトスピーチデモへの抗議行動に参加した時、「レイシスト死ね」と野次ると、デモ隊から「私たちはレイシストではありません。ファシストです」と返ってきたのにはゾッとしますが、面白いのはここから。そのデモ隊のプラカードに「仏をかえせ」を見つけるや否や、頭にきた作者は、「ほっ、ほっ、ほっとけ」と切り返します。(笑)そして、考えます。

「いったい、仏を返せとはどういうことだろうか。あの排外主義者たちは仏を所有できるとでもおもっているのだろうか。」 これ、TVで報道されていた対馬の仏像が韓国に持ち去られた件のことですね。

「自由だ、仏なのだから。そんなあたりまえの感覚さえもうしなってしまったからこそ、なんでもかんでも商品のようにあつかい、ひとり占めにしたり、交換したり、優劣をつけたりすることができる」と、その勘違いを指摘します。

この辺りから、この本には猛毒が含まれていることが分かってきます。アベちゃんご自慢の「美しい国日本」が、とんでもない息苦しく、自由のない、退屈極まりない「豚小屋」のようなものでしかない。だったら、そんな豚小屋なんて燃やしてしまえ!

サインの上にこう書かれました

「豚小屋に火を放て!」と。

「大杉栄伝」で「いける本」大賞を受賞した若手政治学者の現代社会論、と表紙の帯には書かれていますが、危ない笑いを振りまきながら、暑さでボヤ〜ンとなった脳に気合いを入れる一冊です。

「はたらかざるもの食うべからずとか、そんなことをいうのは食べるよろこびを知らない輩である」

まさにその通りです。

「タバブックス」の「仕事文脈」はバックナンバーも含めて在庫しています。

★レティシア書房 『一箱古本市』のお知らせ

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催いたします。(17日は定休日)

今年も賑やかに、27店舗参加していただきます。

初参加のお店もあります!乞うご期待!!