とある老人ホームで行われている虐待、窃盗の証拠を探すために、一人のスパイがその老人ホームに送り込まれました。スパイの御年83歳。多分、映画に登場した最高齢のスパイでしょう。「京都シネマ」にて上映中のチリ映画「83歳のやさしいスパイ」は、探偵事務所の募集に応募して合格したセルヒオが、ホームに潜入し、携帯電話の使い方も不慣れなのに、眼鏡型の隠しカメラなんかも使ったりして、大真面目に仕事をしていきます。

驚いたことに、これ、ドラマではなくドキュメンタリーなんです。つまり、探偵事務所に雇われた素人のおじいさんが潜入する、その様子をカメラに収めているのです。ホーム側には、もちろんあらかじめ記録映画を撮りますという了解を取っているとは思いますが、果たして入居者のご老人たちは、どこまで理解していたのでしょうね。

とにかくセルヒオは、このホームの入居者たちと暮らし始めるのですが、映画は、彼が老婦人たちと仲良くなってゆく様子を、様々な角度から撮影してゆきます。妻を亡くして間もないセルヒオは、とても優しい人で、ユーモアがあり、知性も兼ね備えているので、女性たちにモテます。

まるでハートウォーミングなドラマを観ているようで、上手い作り方です。監督はマイテ・アルベルディという若い女性。長編ドキュメンタリー作品で評価の高い監督みたいです。

入居者の笑顔、寂しげな表情、遠くを見つめる虚ろな横顔などを収めながら、一方でセルヒオという老人の人間性に迫っていきます。黒柳徹子が「老人ホームの映画の多い中で、ユニークさは、特別!」というコメントを寄せています。

映画館では、後部の座席に女房と並んで座ったのですが、前方を見ると、髪の毛の白い方ばかりがズラリ。そちらの景色もなかなか壮観でした。

 

モロッコの山奥で暮らすアマジグ族の姉妹ハディージャとファーティマを見つめたドキュメンタリー映画「ハウス・イン・ザ・フィールズ」(京都アップリンクにて上映中)を観ました。

アトラス山脈の雄大な自然のもとで暮らすアマジグ族。伝統を重視して、その大自然の恩恵を受けて暮らし、数百年もの間、ほとんど変化のない生活を送っています。そこに暮らす姉妹。妹のハディージャは、頭脳明晰で学校でも優秀な成績で、将来弁護士を目指しています。しかし、姉のファーティマは学校を辞めて結婚することが決まります。ファーティマは19歳。もちろん、結婚相手のことを何も知りません。「結婚するのが怖い、けれど義務だから。」

この地ではまだ、自分で将来を決めることも出来ない状況が起こりうるのです。映画は、この地の美しい自然を描きつつ、大好きな姉とやがて離れ離れになってしまう妹の不安と寂しさを丁寧に捉えていきます。

ドキュメンタリー映画として、村の四季折々と、シンプルな生活の姿を記録しながら、その一方で、女性として自由を束縛されている姿を描いていきます。

圧巻は、ラストの結婚の祝いの儀式でした。夜のとばりの中、打楽器の音と村人たちの地を這うような声が大空に響き渡り、圧倒的リズムの繰り返しに段々とこちらも感情が高ぶってきます。

しかし、そんな宴の最中でも、笑顔ひとつ見せない花嫁ファーティマ。宴の終焉、顔をおおい隠すような布を被せられて馬に乗って出ていきます。夜が明け、姉が出て行った道を見つめるハディージャの後ろ姿を捉え、去った後もその場をしばらく見つめるカメラ。そこで映画は終わります。

監督をしたのはタラ・ハディト。映画監督だけでなく、写真家としても活躍しています。新国立競技場の斬新なデザインで、日本でも話題になった建築家のザハ・ハディトは叔母になるそうです。

レバノンの首都ベイルート。シリアと同じく長い内戦(75年-90年)を経験したこの都市は、美しい街並みで多くの観光客を魅了していますが、一方で、建設ブームに沸く海岸沿いは、超高層ビルの乱開発が進んでいます。内戦で家を奪われた多くのシリア人が、これらの建設現場の劣悪な環境で労働を強いられている状況をドキュメントしたのが、ジアード・クルス−ム監督の「セメントの記憶」です。

のっけから、超高層ビルを俯瞰で捉えたシーンが登場して、「2001年宇宙への旅」に登場するモノリスじゃないの??と思ってしまいました。かなり凝ったカメラワークと構図で、なんだかドキュメンタリーというより、アート作品を観ている気分。それも、SF映画的な世界が展開してゆくのです。ラストには、「2001年」で宇宙飛行士が体験する異次元トリップと同じようなシーンが用意されています。

だからと言って、この映画が上滑りに、今のベイルートで働く労働者を描いているのではありません。まず、驚かされるのは、彼らは建築中のビルの地下に寝泊まりしているのです。しかも、「夜七時以降のシリア人労働者の外出禁止」というベイルートの方針で、穴蔵みたいな場所で、黙々と食事をし、携帯を弄り、TVを漫然と見つめ、朝になると、地下室の階段を上がり、そびえ立つビルの現場へと向かいます。祖国を亡命した若き元シリア兵のジアード・クルスーム監督は、大げさな表現に走らずに、静かに彼らを見つめていきます。ふと気がつくと、美しいフォルムを誇る高層ビルが、シリア人労働者の自由と生活を押さえつける禍々しい存在に見えてくるのです。

そして映画後半で、彼らが体験した地獄に私たちは付き合うことになります。焼け野原同然の市街で発砲する戦車。爆撃で倒れたビルの中から聞こえてくる子供の泣き声。断末魔の猫の表情。それでも、監督は感情的になることなく冷静に、いや冷酷に見つめていきます。だからこそ、怖い。

喪失と悲しみの記憶を、高度に完成された映像で描き切った、稀にみるドキュメンタリー映画です。世界各国で多くの賞を受賞をしたのもわかります。

「海外で働くすべての労働者に捧ぐ」というテロップが最後に流れます。シリア人の受難は、彼らだけのものではなく全世界共通のものだという、監督のメッセージです。

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。(4月29日は定休日)

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします

一冊、丸ごとドキュメンタリーを扱うミニプレス「neoneo」が入ってきました。どの号も切り口が刺激的で、こんな特集で本が出来上がるのかと感心しました。

最新5号は「音楽ドキュメンタリー洋楽編100/亀井文夫戦争の記録」(1080円)の特集です。音楽評論家の萩原健太の「音楽映画はぼくらの教科書」だったというインタビューからして、洋楽ファンなら必見です。「真夏の夜のジャズ」から「ウッドストック」、「ラストワルツ」そして最近の傑作「バックコーラスの歌姫たち」まで網羅されています。

そして、もうひとつの特集は「敗戦70年 亀井文夫 戦争の記録」です。戦時中に陸軍省後援の元に「戦ふ兵隊」を監督しますが、検閲で厭戦的だと決めつけられ、没収された経歴の映画人です。その後も治安維持法容疑で投獄、戦後に製作した「日本の悲劇」で天皇の戦争を追求して、またもや上映禁止。しかしめげずに、反核映画「世界は恐怖する」、アメリカ軍の立川飛行場拡張計画に反対する地元住民と国との闘争を記録した「流血の記録・砂川」(蛇足ながら、アベちゃんとお友達が錦の御旗みたいに担いでいる砂川判決の元になった事件です)等を撮影して、最後は骨董屋の親父で、波乱の一生を閉じました。亀井作品を見ていなくても、反戦、反核、反差別を押し通した波乱万丈の人生は、読み応えがあります。

4号は「テレビドキュメンタリーの60年/ドキュメンタリー映画の父ロバート・フラハティ」(1080円)が特集です。1950年代〜2000年代までのTVドキュメンタリーの流れと質を追いかけていきます。「兼高かおる世界の旅」から「情熱大陸」まで、どう変遷していったかが理解できます。

「相手が逃げられないように土俵の上にあげておいて、作り手と撮られる側ががっぷり四つに組むこと」

田原総一郎が自分のドキュメンタリー方法論について言及していますが、その通りだと思います。

さて、もう一つの特集「ロバート・フラハティ」。自慢じゃないけど、アメリカで映像コミュニケーションを学んでいた時(遊んでいたとも解釈できますが)、大学の映画ミュージアムで連続上映会に参加しているのです!イヌイットの生活、文化を捉えた「極北のナヌーク」も見ています。殆ど忘れましたが、力強い映像だったことは覚えています。辺境を撮り続けた男の物語です。

今回、バックナンバーとして3号「ゼロ年代(プラスワン)とドキュメンタリー」(1028円)、2号「原発とドキュメンタリー」(1028円)も入荷しています。是非、一度手に取ってみてください。

●「neoneo」はリトルプレスコーナーではなくアート系書籍の平台にて展開しています

 

★レティシア書房 『一箱古本市』のお知らせ

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催いたします。(17日は定休日)

今年も賑やかに、27店舗参加していただきます。

初参加のお店もあります!乞うご期待!!