大学時代だったと思います。小さなホールで、当時ソビエト連邦に属していたグルジア共和国の映画「ピロスマニ」を観ました。他にいっぱい面白い映画があったのに、何故これを観たのかは覚えていませんが、静謐な佇まいに感動しました。

 

さてその映画の主人公で、不遇のまま世を去った画家ニコ・ピロスマニの画集「ニコ・ピロスマニ」(文遊社5000円)が入荷しました。

ニコ・ピロスマニは、19世紀末から20世紀初頭、国内を放浪しながら絵を描き続けました。荒野に生きる動物であったり、ささやかな食卓を囲む農民達の夕餉の様子を素朴に描いています。あまりにもプリミティブゆえに、幼稚だと評価され、極貧の中で死去します。

プリミティブと言われれば、そうとしか表現できないのかもしれませんが、これほどに、日々を質素に生きる人の佇まい描き続け画家もいないのではないでしょうか。「薪売りの少年」や「乳搾りをする女」の日々の労働への眼差し、収穫を祝う男たちの、今まさに始まらんとする野外での宴席を描いた「収穫祭」、大鹿、クマ等々の野生の生き物達のポートレイトに満ちあふれた画家の深い愛、その無垢な魂に触れてしまうと、先程までいらついていた感情が、消えていくような不思議な世界です。

絵本作家の、堀内誠一は「”村の祭”とか、”ビールが来た”とかいう主題の、人間とその生活、動物、自然一切を愛しくなでた絵の無欲な自由、暗い中の温かさを、僕もグルジアという名前と共に記憶するだろう。」と書いています。

「無欲な自由」これは、ピロスマニの資質を言い当てた言葉ですね。

居酒屋でパンとワインのために絵を書き、町から町へ彷徨い、草原をゆきかい、ロシア革命の翌年、誰にも看取られずに56歳の生涯を閉じたピロスマニの作品が、今、世界的に評価されているのは、雑音と情報に取り囲まれて出口を見失った私たちに、ほれ、こっちこっちと手を差し伸べてくれているからかもしれません。

 

この画集に寄稿しているのは、スズキコージ、山口昌男、池内紀、小栗康平、あがた森魚、四方田犬彦、そして堀内誠一等々という顔ぶれです。彼らの文章を読みながら、作品を眺めてみると、また新たな発見があります。