伊丹市立美術館で開催中の写真家ソール・ライター「ニューヨークが生んだ伝説写真家ソール・ライター展」に行ってきました。

1950年代、NYのファッションカメラマンとして活躍していたライターは、80年代にはコマーシャル写真の世界から退きます。そして、自分が住んでいたNYイーストビレッジを被写体として、数多くの写真を撮影してきました。彼の撮り続けた当時のNYは、ほとんど発表されていなかったのです。いまも、ライターのアトリエには未発表のフィルムがたくさん残っているらしい。彼の回顧展が初めて日本で開催されることになったので、これは行かねば!と思ったのです。

「私たちが見るものすべてが写真になる」

とは、ライターの言葉ですが、この街に生きる様々な人達の何気ない一瞬が切り取られています。雪の街を歩く女性の赤い傘を上から撮った白と赤の対比が美しい作品「足跡」や、曇ったガラス窓の向こうに立ち尽くす男性のシルエットを捉えた「雪」など、寒い街に生きる、人達の息づかいが聞こえてきそうです。

赤と黄色でお馴染みのNYのタクシーに乗車している男性客の手を捉えた「タクシー」は、ワイシャツの白がタクシーの明るい色彩の中でくっきりと浮き上がっていて、シャープでおしゃれ。

白黒写真では、ボルサリーノを被り、白いワイシャツをにタイをしめた男たちが雑踏を行き交う姿を捉えた作品など、ハリウッド黄金時代の映画のワンカットを見ているみたいにクールです。

路上を掃除する老人を背後から捉えた「掃除夫」、地下鉄の階段でうなだれる男をとらえた作品、靴磨き屋の靴をアップで捉えた「靴磨きの靴」等々、この街と人々を愛した作品がたくさんありました。そして、ライターには一連の見事なヌード写真があります。光と影のバランスを絶妙にコントロールした私的な作品群は、これこそ写真芸術と呼びたくなるものです。ヌードではありませんが、一人はベッドの上に寝転がり、一人は光の入ってくる方向に向いて坐っている作品の、光線と影の微妙なコントラストに惚れ惚れしました。

一方で、彼は素晴らしい画家でもありました。写真同様、ビビッドな色の絵画作品も多く展示されていて、感激しました。

「ソール・ライターのすべて」(青幻舎/新刊2700円)に柴田元幸が「うしろからあなたの耳をくすぐる写真」と題した評論を寄稿しています。ライターと同時代、NYの街並みを歩いて詩を発表した詩人の一節が、ライターの写真と通じるものがあると取り上げて、「シンプルな言葉使い、都市に向ける静かな目、背後に愛情が感じられるからかいのトーン、淡いユーモア。言葉使いはともかく、ほかはいづれもライターの写真にも等しく当てはまる要素である。」

言葉通りのステキな写真展でした。オススメです。(5月20日まで開催)

なお、ライターが過ごしたアトリエの大きな写真がかざってありました。綺麗な写真だな〜と思ったら、撮影は、当店でも個展をしていただいたことがあるかくたみほさんだったので、ちょっと嬉しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説、映画、音楽好きにとってはN.Yは憧れの、いや聖地といってもいい街です。植草甚一のN.Y滞在記を読んでは、この街角をそぞろ歩きをしている自分を空想してみたりしたものです。

N.Yにあるコニーアイランドという遊園地を舞台にしたノーマン・ロステンの「コニーアイランド物語」(晶文社・初版500円)も、この街への憧れを満たしてくれた小説です。ロステンは、サリンジャーと同世代の、やはりユダヤ系の詩人です。初めて手掛けたこの小説は、ホットドッグ発祥の場所コニーアイランドで、フツーに生きる人達の、フツーの生活を淡々と描いたお話です。

眩しい夏が過ぎ去り、主人公の「ぼく」のまわりにも秋が近づいてきます。「家からはーまわりの家もみなー夏らしいあけっぴろげなようすがなくなった。」そして「キャンディ・ストライブの日よけがあげられ、取り外された。」情景が目に浮かぶようです。サリンジャーでもなく、スコットフィツジェラルドでもなく、淡々と進むこの小説が、N.Yでした。

 

N.Yといえば、ビリー・ジョエルの名曲「New York State of Mind」が有名ですが、この曲、沢山あるカバー曲はどれも失敗しています。なんか歌の上手な人のカラオケを聴いている気分になってくる中、一人、オランダの歌姫アン・バートンはカバー化に成功しています。日本人シンガーが歌うと、この街への憧れやら、夢やらを過剰に歌い込み過ぎるようですが、彼女は一歩下がったところで、見つめているので、彼女なりのNew York の情景が見事に表現されています。この曲の入った「New York State of Mind」(1900円)では、ポール・サイモンの曲もカバーしていて、これまたN.Y的な雰囲気が溢れています。