ノンフィクション作家の梯久美子の作品については、何度かブログで書いたことがあります。今回ご紹介するのは「この父ありて」(文藝春秋/新刊1980円)です。

登場するのは、茨木のり子、石牟礼道子、島尾ミホ、辺見じゅん、石垣りん、萩原葉子など9人の女性作家とその父親です。父娘の関係をセンセーショナルに陥ることなく、客観的な視線で見つめた傑作だと思いました。まぁ、いくら客観的に描こうとしても、萩原朔太郎と葉子の親子、あるいは島尾敏雄・ミホ夫婦の凄まじい関係は、よく知られていることであり、まるでドラマを見ているようではありますが。

最初に登場する二人は知りませんでした。のちに修道女になった渡辺和子と父、錠太郎。二人目は歌人の齊藤史と父、瀏です。二人の父親は軍人で「2.26事件」に関係しています。錠太郎は青年将校に射殺され、一方の瀏は、反乱軍幇助の罪で禁固刑を言い渡されます。当時の絶対的な家父長制の家族関係、しかもエリート軍人の一家の中にあって、娘たちがいかに生きたか。

どの作家もそれぞれに、地獄と天国を繰り返すような環境を生き抜き、自らの作品に父と娘の関係を投影していきますが、あまり馴染みのなかった辺見じゅんが興味深かったです。

1975年10月、角川書店創業者、角川源義がなくなります。その通夜の席。長女の眞弓はいませんでした。「源義の通夜の日に、幼い娘二人を連れ、わずかな手荷物を持って夫の家を出ていた。その翌日、自宅で行われた密葬にも参列していない。」源義の愛娘眞弓が、その後作家となる辺見じゅんです。源義は出版社創業者として認知されていますが、元々は民俗学者、折口信夫の愛弟子であり、学者を目指していました。しかし、21歳の若さで眞弓をもうけた源義は、その早すぎる結婚を折口に糾弾され、破門されてしまいます。そのことが、二人の人生を大きく変えてゆきます。

「辺見は父の人生を変えた娘だった。辺見だけが知る源義の哀愁や孤独とは何だったのか。このあとがきからは、父と娘の間に、ひそやかな強い絆があったことが伝わってくる」(注:辺見が25歳の時に出した小説「花冷え」のあとがき)歌人として、作家としてスタートした辺見ですが、出版社経営に多忙だった父親の背中ばかり見ていた彼女もまた、父同様に出版社を設立します。それが「幻戯書房」です。地味ながらも、魅力的な日本文学を出しているこの出版社は、本好きには一目置かれている存在です。(古書でも高い)

全部を紹介しているとエンドレスになってしまいそうなので、最後に石牟礼道子親娘について。

「魂の深か子」これは、石牟礼道子の父、亀太郎の言葉で、「魂が深いと、というのは、天草地方における最高の褒め言葉である。」と著者は書いています。亀太郎は全く学のない職人の父親でしたが、権力には屈せずに、ものの道理をわきまえた男だったようです。そんな父親の姿を見続けてきたからこそ、彼女の「苦海浄土」が出てきたのかもしれません。

 

 

中村安希は、今、最も面白いノンフィクションを書く作家だと思っています。ブログでも「愛と憎しみの豚」「N女の研究」を書きました。今回ご紹介するのは、「もてなしとごちそう」(古書/1400円)です。

東京オリンピック招致の時、やたら「おもてなし」とか言いながら、笑い顔を振りまいていた人がいて気持ち悪かったのを覚えていますが、本当の「もてなし」は本書に出てくるように世界各地の普通の家の、普通に出る食事のことです。

それにしても著者の胃袋は凄い!チュニジア、ウガンダ、ジャマイカ、シリア、北朝鮮そしてロヒンギャ難民キャンプ(ミャンマー)まで足を伸ばし、全く知らない人からでも招待されれば出向き、たらふく食べるのです。カラー写真で紹介されていて、どれも美味しそうですが、かなり濃厚な感じです。

あとがきで、藤原辰史が著者の横顔を

「『知らないおじさんについて行ってはいけません』『声をかけてくる人には警戒してください』『国交のない行くのは自粛してください』。中村安希はこれらの旅行のイロハを守らない。見知らぬ土地の見知らぬ人からご飯に招いてもらい、それを食べ、大笑いして、深い友情を結び、お腹を壊し、熱を出し、それでも食べる。」と、語っています。

一見、自由奔放な旅をしているようですが、危機を回避する判断力と、状況を深く観察する力に支えられているのです。で、本書はめったにお目にかかれない世界の人々の食文化の紹介だけの本かと言うと、違うのです。その国のその場所に住まいを見つけ、生活し、苦労をしながら生きてきた人々の、日々を支える食事の奥深さを見つめているのです。

例えば、ロヒンギャ難民キャンプを案内してもらった難民でもある医師から、コーヒーでもと誘われます。通訳の人を含めて3人分、こちらがコーヒー代を払おうとすると、こんなところまでわざわざ来てくれたのだからご馳走させてくれ、と言われます。極貧の場所でご馳走になるなんて…..やっぱりお金を払おうと申し出ます。

「『あなたは、難民だし……..』 医師が笑い、それから穏やかに私を諭した。『難民も、人間だ』 あぁ、言うべきじゃなかったと激しい後悔に苛まれながら、おごってもらったコーヒーをすすった。粉末に加工されたコーヒーと、粉末ミルクと粉砂糖。その何でもない三つに湯を加えかき混ぜただけの一杯は、必要以上に込み入った味がした。一杯40円、三人分で120円。ゆっくり最後まで飲み干してから、重たい気持ちでグラスを返した。」

例えば、スロヴェニアで、ある家族のところに泊めてもらって口にした食事。それまでの長い長い旅の間に疲れ切っていた彼女は、毎朝ゆっくり時間をかけてその家の朝ごはんを食べさせてもらいます。

「一見するとシンプルなスロヴェニアでの食事は、しかし日を追うごとにじわりじわりと存在感を増して行った。豪華さによってではなく、こだわりによって。彼女たちの一家の食事には『良いものを食べる』ことへの静かな情熱と、『きちんと作ること』への徹底した姿勢があった。しかもそれを、ごくごく当たり前のこととして、日常のなかでさりげなくやり遂げてしまっていた。」

本の最初には地図があって、彼女が訪れた場所がわかるようになっています。その場所を確認しながら読まれることをお勧めいたします!

 

「国際霊柩送還士」と言っても、多くの方はご存じないと思います。海外で死んだ日本人、あるいは日本で死んだ外国人を遺族の元に送り届ける人のことです。そんな仕事を専門にしている会社が一社だけ日本にはあります。「エアハース・インターナショナル」。ここで働く人たちを追いかけたのが佐々涼子「エンジェルフライト」(集英社/古書800円)です。

ところで、海外から遺体が帰ってくる時、どこに到着すると思いますか。飛行機から出されて、旅客ターミナルに向かうのではなく、貨物ターミナルに向かいます。遺体は貨物扱いなのです。そこで、エアハースの人たちは遺体と対面しますが、国によっては遺体をいい加減な処置で返してくるところもあります。とても正視することができない腐乱状態で戻ってくることもあるそうです。そんな遺体を、パスポートの写真を見ながらその人らしい形にするのが彼らの仕事です。

「遺体は訴えることができない。何かを伝えたくても言葉を持たない。」

だからこそ、家族の元へ、生前の姿に近い形で届けることがエアハースの使命だと言います。

「人は死んだらどうやって故国へと帰るのか。どんな人がどんな想いで運んでいるのか。国境を超えた地で亡くなると、家族はどんな思いを抱くのか。」

壮絶な現場が続きます。この会社にはマニュアルがありません。マニュアル通りに進行することなどないから。どうすればご遺族の寄り添えるのか、それはそこで働く人たちが自分で体得していかねばなりません。

傷だらけの遺体を綺麗に復元して、家族の元に戻す。そうして遺族から感謝されることはあります。しかし、遺族にとってエアハースの人たちを思い出すことは、辛い日々を思い出すことです。むしろ仕事を遺族に忘れ去られるのが良いことなのです。感謝され、忘れ去られる人々なのです。

ところで、著者はなぜこの本を書こうと思ったのか。そのことについて後半で書かれています。小さい時に死んだ弟、そして重い病に倒れた母親のこと。そこから彼女は死について深く考えていくことになり、エアハースの人たちが何を思い、行動しているのかを知りたくて飛び込んだのです。

とても内容の深い、それぞれに考えることの多い一冊です。

残念ながら、売切れです。(近日再入荷予定です)

 

 

 

頭の中が180度ぐるりと回転して、世界観が変わるような本に出会いました。濱野ちひろ著「聖なるズー」(集英社/古書1400円)。2017年度開高健ノンフィクション賞を受賞しました。

で、テーマは何かというと「動物との性愛」、正確に言えば主に犬をパートナーとしてセックスを含めた生活をしている人の物語です。え?犬とのセックス?? 気持ち悪い、不愉快、などの言葉が飛んできそうですね。実際ヨーロッパの国々では法律に禁止と明文化されていますし、旧約聖書でも犯してばならないと記されています。

私も最初は読むことを躊躇しました。しかし、プロローグを読んで変わりました。著者は1977年生まれ。大学卒業後様々な雑誌に寄稿を始め、その一方、パートナーの暴力に悩まされていて、長い間もがき苦しんでいました。なんとかその地獄から脱出したいけれど、正面から向き合えないでいたと言います。「しかしそれでもなお心にわだかまり続けるのは、愛とセックスが絡まり合いながら人を変え、人を傷つけ、人を食い尽くすことがあるということがあるということと、それを私は捉え直さなければならないという思いだった。」

そして、京都大学大学院に入学。文化人類学におけるセクシャリティ研究を始めることを決心しました。30代の終わりの再スタートでした。そこで、動物性愛のことを知ります。

ただでさえ変態扱いされかねないのに、私はそうだなんてカミングアウトする人なんていないと思っていたところ、世界で唯一ドイツにだけ、動物性愛者による団体「ゼータ」の存在を知ります。ゼータの主な活動目的は、動物性愛への理解促進、動物虐待防止への取り組みなど、とHPには書かれています。

著者は会のメンバーと連絡を取り始めます。しかしドイツは世界で最も動物保護運動の盛んな国であり、そういう団体からは「ゼータ」はアブノーマル!と攻撃を受けていたりするので、信用してもらうまでかなりの努力が必要でした。

長い時間をかけて丁寧に彼らに接してゆくに従って、彼らが決してアブノーマルでもなければ、変態でもない事実を知っていきます。彼らは動物をレイプするように獣姦をする人たちではなく、対等のパートナーとして暮らしているのだと言います。最初は半信半疑だった彼女も、ドイツに行き、その生活スタイルに理解を深めていきます。

メンバーの一人ミヒャエルと接して、著者はこう考えを変えていきます。

「実際に会うまで、私は動物とセックスするという人々をどこかで恐れていたし、もしも暴虐的な性欲を動物に向ける人々だったらどうしよう、という不安も確かに持っていた。しかし、ミヒャエルはどうやらそのような人ではない。自分のセックスに苦しんできた経験がきっと彼にもあるのだろうと想像できた。」

本書は、多くのズー(動物性愛者の愛称)たちに出会い、話を聞き、ともに生活して、人間とは何か、性とは何かを問い直してゆく著者の長い旅の記録です。

「彼らに出会って、私は変わっただろうか。私が抱えてきたセックスの傷が、彼らと過ごした日々によって癒えたとは、私には言えない。だが、少なくとも私はひとつの段階を終えたと思う。怒りや苦しみから目を逸らすことはもうない。私はいま、性暴力の経験者として『カミングアウト』をしている。それは自分の過去を受け止め、現在から未来へと繋ぐ作業だ。傷は癒えなくてもいいのかもしれない。傷は傷としてそこにあることで、他者を理解するための鍵となることもあるのだから。」

偏見を捨て、知らない世界に飛び込み、自らの再生の道筋を見つけた女性の物語として読んでいただきたい傑作です。

 

 

 

2017年7月、山口県のある限界集落で起こった殺人&放火事件。5人が殺され、2軒の家が放火されました。村で生まれて、都会に出てから再び村に戻った若者が逮捕、起訴されました。その事件を追いかけた迫真のルポが、高橋ユキ著「つけびの村」(晶文社/古書900円)です。

7月21日。山口県周南市、須金・金峰地区の小さな山村で、村人が5人撲殺されて家が放火されます。逮捕されたのは、1949年にこの集落で生まれた保見ワタル。地元高校を卒業後、上京して職を転々とした後、生まれ故郷に戻ってきましたが、村人と一切の交流を断ち、一人暮らしを続けていました。

こんな風に書くとホラー推理小説みたいに見えますが、著者は、村の歴史を掘り返し村が衰退してゆく様を追いかけていきます。そこで見えてくるのは、村で生まれた「噂」が怪物へとなってゆく、という事実でした。

「いざ村に足を踏み入れてみれば、そこにはネットやテレビ、雑誌といったメディアに全く流れていないうわさが、ひっそりと流れ続けていた。

そんな村で生まれ育ち、関東に出て仕事をしていたワタルが40歳を過ぎた頃、戻ってくる。私が村を歩けば羽虫がいたるところから飛んできてまとわりついてくるように、このUターンが、また新たなうわさを生んだ。」

うわさ話を生んだ場所は、村落の中にある「コープの寄り合い」でした。「ただ単に食品や生活用品を共同で購入するというだけでなく、その後に何人かが残って、うわさ話をしていた」という事実を著者は突き止めます。

「まるで金峰地区における諜報機関ではないか」と驚きを隠さない。うわさ話の細かさ、過度な情報量。そこには、主観に基づいた悪口のようなものも含まれていました。都会なら、すぐに消滅すような類の話が、いつまでも残りとぐろを巻いてゆく。

「『うわさ話』で濁りきった空気の中、酸欠状態になったワタルは、集落で孤立を深め、妄想に耽ってゆく」

裁判は、ワタルの妄想癖が精神疾患にあたり、責任能力を犯行時に保っていたのかを巡って、最高裁までいきます。そして2019年「被告人は自らの価値観に基づき実行しており、妄想が事件に及ぼした影響は大きくない。主文、本件上告を棄却する」という判決で死刑が確定しました。

閉ざされた村で起こった事件を巡って、著者は多くのことをあぶり出します。悪意、憎しみ、偽善、そしてうわさ話が勝手に大きくなってゆく恐怖。もちろん情報を拡散させたマスコミとネットの存在も視野に入れておかねばなりません。一つの事件を通して、著者と共に村を歩き、古老の話を聞いて、そこにある暗闇を体感しました。

ちなみにこの集落の人口は、2010年10月は8世帯14人、15年は6世帯10人、19年には5世帯8人と廃村一歩手前まで来ています。

 

重量級のパニックサスペンス!と、これが小説ならそんな言葉が並ぶだろう。しかしここに書かれているのは、すべて事実。吉田千亜「弧塁」(岩波書店/古書1400円)です。サブタイトルに「双葉郡消防士たちの3・11」とあるように、東北大震災の時に活躍した地元の消防士たち70名の苦難と葛藤を描いたノンフィクションです。

3月12日。

「突如、一時間に一回程度の『ピッ』だったポケット線量計が、一〜三秒に一回、今までと違うスピードで鳴り始めた。明らかに原発で何かが起き、ここまで放射線が飛んできていることを知らせている。『まだ死にたくない…..』」消防隊員の率直な気持ちです。

原発の暴走が始まり、満足な装備もないまま現場へ駆けつける消防員たちの日々が始まります。避難警報が出されているのを知らずにいる住民を助け搬送していきます。やがて、避難地域の拡大に伴い消防署も避難を余儀なくされ、最後は、いつもは数人しか常駐していない分署に100名を超える消防士が集まり、ここを拠点に救助活動を開始しますが、寝る場所もない、食料もなくなってゆく。そんな過酷な状況の中で、消防士たちは何を考え、どう行動していったかが詳細に書かれています。

著者は、2018年から双葉消防本部に通い、原発事故当時から現在も活動を続けている六十六人から話を聞きました。もちろん、当時の地獄のような日々や、もう生きて帰れないという体験を、言いたくない方も少なくありません。

「伝えなくては」という思いと、「申し訳ない」思いが常に交差し、「事実と証言だからこそ、取捨し、まとめるということに対し、自責の念に苛まれる。」と執筆に当たっての著者の気持ちが書かれています。

危険な現場へ向かう隊員を敬礼で見送る隊員は、これは特攻だ、特攻隊の気持ちが理解できたと言います。ここには、英雄もいなければ、スーパーマンもいません。ヘリコプターに乗った自衛隊が放水していた場面は何度もテレビに流れましたが、死の恐怖に怯え、家族と会えない辛さに苛まれる隊員たちの地道な活動は誰も伝えませんでした。

多くの隊員や、地元の人々の強い思いが複雑に絡み合っている重い真実。本書の最後はこんな文章で終わっています。

「そういった一人一人の歴史にうえに、3・11はある」

真実を知ろうとせずに、「福島はコントロールされている」というバカなことを言った首相がいたことを、我々は忘れてはなりません。

 

1958年生まれのノンフィクションライター黒岩比佐子は、2004年「『食道楽』の人 村井幻斎」でサントリー学芸賞、2008年「編集者 国木田独歩の時代」で角川財団学芸賞を受賞し、また古本をこよなく愛することでも知られていた人でした。しかし2010年、すい臓がんのため52歳でこの世を去りました。その翌年「パンとペン 社会主義者・堺利彦と『売文社』の戦い」で読売文学賞を受賞しました。

私が最初に読んだのは「編集者 国木田独歩の時代」でした。自然主義作家の大御所ね、みたいな印象しかなかった国木田が名編集者だったことを知った一冊でした。評価の高い「パンとペン」はまだ読んでいませんが、いつか必ず読む一冊の予定に入っています。

今回、ご紹介するのは「忘れえぬ声を聴く」(幻戯書房/古書1800円)です。日露戦争、大逆事件、第二次世界大戦、日中戦争と混乱の時代の中で、埋もれていった人々に焦点を当てて、その時代を生きた人々の一瞬を描いた肩のこらない評伝風のエッセイです。この時代の文献やら雑誌を集めに、古書会館で行われていた古本市に頻繁に出かけていた頃のことも書かれていて、古本愛好者にもってこいの読み物になっています。

しかし、なぜ彼女は評伝にこだわるのか。「多くのお金と時間を費やして大量の原稿を書き上げた挙げ句に、本が売れないのでは、苦労して評伝を書こうとは誰も考えなくなる。白状すれば、私自身、最初の評伝を書いたときは、百万円ほど赤字になった。」と、評伝など書かない方が良いと、この本の中で言っています。

それでも彼女は、歴史の闇に埋もれた人物や、気になる人物の不当な評価を覆すために、古本市で古い新聞や雑誌を山ほど買い込んで、資料を作り書いてきたのです。遺稿となった「歴史と人間を描く」というエッセイの最後、五行の空白の後の文章はこうです。

「そして悟った。”平凡な人生”などないのだ、と。」

第二章に、明治の小説家で、今でいう「食育」という言葉を使った村井弦斎が登場します。この作家と黒岩の出会いは、こんな風にして始まります。

「明治三十三年に描かれた『伝書鳩』という本があった。これは小説だが、タイトルに伝書鳩という言葉を使った最も古い本と言えるだろう。その著者が村井幻斎だったのである。」

ここから、黒岩の幻斎への長い旅が始まります。古い資料の山に埋もれながら、こうだった、ああだったと推理を働かせて、幻斎の人間像を作ってゆく作業は、きっと楽しかったことでしょう。だからこそ、彼女は評伝を描き続けたのだと思います。

最初の単行本「音のない記憶ーろうあの天才写真家 井上孝治の障害」からは、そんな楽しさが伝わってきました。まだまだ活躍して欲しかった作家でした。

 

 

 

 

中国の現代美術作家、蔡 國強(さい・こっきょう)。火薬の爆発による絵画制作、パフォーマンスを行う作家です。あの北京オリンピック開会式のド派手な花火アートを覚えておられる方も多いと思います。

その蔡 國強には、強力な日本人パートナーが、それもアートの世界とは地球と月ぐらいかけ離れたおっちゃんがいたことを知っている人は少ないと思います。私も、川内有緒著「空をゆく巨人」(集英社・古書/14

00円)を読むまで知りませんでした。福島県いわき市の志賀忠重さん。カー用品などの販売で成功を収め小さな会社を経営する、正真正銘のおっちゃんです。二人がどうして結びつき、世界のアートシーンに飛び出していったかを描いたノンフィクションです。

とてつもなく面白い。事実は小説より奇なり、とはこの事です。人間って凄いなぁ。信頼しあえることの幸せを、これほど感じさせてくれる本はありません。

スタジオジブリの鈴木敏夫氏が絶賛しているのですが、なるほどと思いました。つまり、蔡 國強も志賀忠重も、鈴木敏夫も困難な状況や苦労の連続の場に直面しても、それを楽しめる人種なのです。

80年代後半、蔡と志賀の二人は出会い、数々の作品を生み出しました。蔡がラフ案を出し、志賀とその仲間がそれを具現化するという、不思議なコンビです。その最大のものが「いわき回廊美術館」です。東日本大震災の後に作られた、入場無料、営業時間は「夜明けから日没まで」という”良い加減”な野外施設。

著者が、この美術館へ取材に行った時、志賀は冒険家のサポートで北極に行った経験を話します。冒険への憧れを抱き「生まれ変わったら冒険家になりたいんですよ。」という著者に対して、志賀はこう言うのです。

『「いんや、川内さん」とじっと私を見つめて、「一歩踏み出したら、それは冒険なんでねえの?川内さんはもう冒険してんだよ』

著者は38歳で国際公務員を辞めて、フリーランスになりました。それまでのキャリアを放棄し、安定した収入を手放し、しかも娘が生まれたばかり。

「そっか、もう冒険をしていたのか。 ふいに涙がこみあげてきて、ポロリとこぼれた。志賀のひと言には、既定のレールから外れた人生をまるごと肯定するような優しさがあった。」

ここから、志賀の魅力に、そして困難なパフォーマンスを次々と繰り広げる蔡という男の人間の大きさに、魅入られていきます。もっと知りたい、もっと側で見ていたい、そんな溢れ出るような感情が350ページにも及ぶこの本の隅々にまで詰め込まれています。

鈴木敏夫みたいに2日間で読み終えることはできませんでしが、とても幸せな時間を、この本に与えてもらいました。人間の度量の深さや優しさを改めて認識した本でした。2018年の「開高健ノンフィクション賞」を受賞したのも当然だと思います。

写真左が志賀忠重、右が蔡 國強です。

 

 

2005年に出た「散るぞ悲しきー硫黄島総指揮官・栗林忠道」以来、ノンフィクション作家として着実な歩みを続けている梯久美子。「狂うひとー『死の棘』の妻・島尾ミホ」「原民喜 生と死と孤独の青春」と傑作を出しています。

そして今回は樺太、サハリンと呼ばれている北方の島。大日本帝国時代は、半分が日本の領土で国境線が引かれていた場所です。この地には北原白秋、林芙美子が訪れました。また宮沢賢治は、最愛の妹トシを亡くした翌年に、故郷花巻からトシの魂を求めてこの地を旅し、多くの詩を残しています。日本人だけに留まらず、チェーホフもやってきていました。この地の何が彼らを惹きつけるのか、その答えを探しに、鉄道大好きの筆者が二度に渡ってサハリンを旅したのが「サガレン 樺太・サハリン境界を旅する」(角川書店/古書1300円)です。

筆者は鉄ちゃんですが、中でも廃線跡を歩くのが好きで、しかもそこに掛かっていた橋を見つける橋梁派であり、今回の旅でも、もう使われることもなく放置された橋に出会っています。「失われた鉄路を歩くことは、時間をさかのぼって旅をすることなのだ」と書いています。第一部は、寝台急行に乗車して、北へ、北へと旅するルポルタージュ。筆者も大好きな大滝詠一の「さらばシベリア鉄道」を聴きながら読みたい紀行エッセイです。

第二部は、この地を旅した宮沢賢治をめぐる文学的ルポルタージュです。1923年、賢治は樺太へと旅立ちます。この鉄道の旅が、後年の「銀河鉄道の夜」のモチーフになったのではないかと言われています。その前年に妹トシを亡くし、死者の魂を追いかけて北に向かったというのが定説になっていますが、

「正直言って、私にはいまひとつピンとこなかった。妹がなくなったのは生まれ育った花巻で、墓もそこにある。樺太には縁もゆかりもないし、死んだ人の魂が北方へ行くという考え方も、一般的なものではないように思う。」

きっと鉄道好きだった賢治が、日本最北の地まで汽車に乗りたかっただけという筆者の考え方に、私も納得しました。賢治の旅した行程を丹念にトレースし、彼が見たもの、聞いたものを探しながら、この地で書かれた賢治の詩を丁寧に解読していきます。この地を舞台にした作品に暗澹たるものが多数あったのですが、喪失から、新たな希望を見つけるのが彼の旅だったのです。この本のおかげでよくわかりました。

「見知らぬ土地で偶然に出会うさまざまなものたちー植物や動物、ふれあった人々、そしてときには空の色や空気の感触までーに、つかのまであれ救われ、力をもらうのが旅というものだ。」

トシの魂を追い求め、自らの死も覚悟した旅という定説を打ち破り、賢治を解放した一冊とも言えます。賢治ファンは必読です!

なお、本書のタイトルを「サハリン」ではなく、「サガレン」としたのは、賢治がそう呼んだからであり、ここを舞台にした「サガレンと八月」という未刊の小説もあるからだ、と筆者は最後に補足しています。

 

 

読み応え十分のノンフィクション。ピュリッツアー賞を受賞しただけの価値のある一冊「その名を暴け」(新潮社/古書1500円)。ニューヨーク・タイムズの新聞記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの二人が追いかけたのは、ハリウッドで絶大な権力を誇る映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン。辣腕プロデューサーとして傑作映画を製作する一方で、自らの権力を利用して、女優や、女性従業員に対して性的行為に及び、バレそうになると示談金を提示し、そのことを口外しないように迫りました。

ハリウッドに君臨するワインスタインについて、地道な調査をし、被害者に会い、被害を取材させてくれるまで粘り続け、事実を積み重ね、記事を作り上げるまでの数年間の苦闘をまとめたのが本書です。この記事が、その後アメリカから全世界へと広がった「#MeToo運動」に火をつけたのです。

アメリカの新聞記者による傑作ノンフィクションといえば、ワシントンポストの二人の若い新聞記者がニクソン大統領の民主党盗聴事件を追いかけた「大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日」がありますが、それに負けない力作です。性被害を受けた女性たちの精神的苦痛をいかに和らげられるか、公開を前提に取材してゆく記者たちの苦労と、今こそ自分たちが受けた苦痛を世に公開すべきか、せざるべきかで悩む被害者たちの人生が、かなり細かく描かれています。だから、性犯罪のリアルなシーンも当然出てきます。読むのが辛いと思われる方もおられるかもしれません。

記者のミーガンは、取材のために、それまで何度も「招かれてもしていない家を訪問し、玄関扉を叩いたが、毎回心が重かった。」と書いています。そして、今回も「大きな木の扉を叩きながら、自分が他人の静かな生活へ押し入っていくような気がしてならなかった。」と感じていました。それでも、彼女たちは取材を続けました。

調査が進んでいき、いよいよ記事公開へ。ワインスタインが持てる力を駆使して、記事の公開中止を画策しますが、二人の記者とニューヨーク・タイムズは一歩も引きません。公開寸前のギリギリの攻防の描写はもう映画を見ているようです。

ワインスタインが役をあてがう代償として、肉体関係を要求する「キャスティング・カウチ」の虐待を行ない、それが組織化されていたことが白日の下にさらされます。彼はハリウッドを去り、検察当局から訴追されました。

400ページ余の本書を読み終えた時、あぁ〜この本はきっと野心的な女優、もしくは女性プロデューサーが映画化するだろうなぁ、と思いました。いや、ぜひして欲しいです。二人を管理する上司の編集者コルベット役は、きっと多くの女優がやりたいと手を挙げるでしょう。

最後に、著者の二人は「謝辞」をこんな言葉で締めくくっています。

「わたしたちの娘たち、そしてみなさんのお嬢さんたちへ。あなた方が職場やそのほかの場で、常に敬意と尊厳を受けられますように」

全世界へ向けられたメッセージです。