「新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり」(京都シネマにて上映中)は観客の鳴り響く「拍手」の音に、涙が溢れたドキュメンタリーでした。

2022年、バレエの殿堂パリ・オペラ座は、世界中の劇場がそうであったようにコロナ禍で閉鎖を余儀なくされます。映画はここから始まります。三ヶ月の自宅待機の後、同年6月15日にやっとレッスンが再開されます。

「1日休めば自分が気づき、2日休めば教師が気づく。3日休めば観客が気づく」という言葉がバレエ界にあります。多くの時間を割いて、そう人生の全てをかけて練習に明け暮れているダンサーにとって、満足に練習できなかった数ヶ月の後に始まった練習は大きな試練だったことでしょう。

けれども、また踊れる!という喜びに満ちたダンサー達の様々な表情をカメラが見事に捉えていきます。ぐんぐんと熱を帯びてゆくレッスン場。ヌレエフが振り付けた、極めて難易度の高い「ラ・バヤデール」の公演に向けて厳しいレッスンをこなしていきます。

しかし、再び感染拡大に伴い、開幕直前に公演中止という決定がなされ、たった一度だけ、無観客での舞台を配信するという形で上演されました。いつもならカーテンコールの際、ダンサー達は舞台から観客席に向かって深々と頭を下げて大きな拍手に包まれるのですが、無観客のため拍手は全くありません。およそ舞台に上がる表現者達にとって、観客の拍手こそがすべてのエネルギーの源なのです。それが全く聞こえない、終演後の空虚な舞台裏の空気感をカメラはじっと見つめます。

コロナが少し落ち着き、再び再開したパリ・オペラ座で上演されたのは「ロミオとジュエット」。ファンも待ちに待った舞台、もちろん満席です。ラストの万来の拍手。これほど素敵な拍手を見た、いや聴いた記憶はありません。拍手こそすべて。舞台を作るのは表現者と、そして観客なのだという真実を再認識させてくれました。コロナ禍が長引く今、舞台を愛するすべての人に捧げられた映画でした。

 

☆レティシア書房からのお知らせ

9月11日(日)〜15日(木)休業いたします。よろしくお願いいたします。


 

 

1973年メキシコ生まれで、現在イタリア在住のイラストレーター、ガブリエル・パチェコが描いた「白鳥の湖」(エディション・エフ/新刊2200円)。バレエでおなじみの物語を大胆なタッチで絵画にしています。詩的で、繊細、幻想的なパチェコの画風は、海外で高く評価され、数々の国際コンクールに入賞しています。

チャイコフスキー初のバレエ音楽「白鳥の湖」は、森に住む悪魔ロットバルトによって、朝になると白鳥の姿になり、夜には人間に戻るという呪いをかけられたオデット姫と、彼女に恋するジークフリード王子の物語です。

意に染まない結婚を勧められた王子は狩に出かけた時に、白鳥から人間の姿に戻る姫を目撃します。白鳥の手足が人間になった姿の白鳥が描かれます。グロテスクではなく、シャープにデフォルメされた姿や色彩がとても美しく、このページだけでも額に入れて飾りたいと思いました。

二人はいつしか手を取り合って舞い始め、やがて恋に落ちていきます。しかし、悪魔ロットバルトは、邪悪な企みで、王子を窮地に追い込みます。誰もが知っている物語に新しい息吹が吹き込まれたこの絵本は、夢のように美しい……。

 

ガブリエル・パチェコは、影響を受けた画家としてヒエロニムス・ボスやシャガールなどの名前を挙げています。

これまで30冊以上の絵本が世界各地で出版されていますが、日本では、この本と「水おとこのいるところ」(岩崎書店/古書・絶版1950円)が発売されています。こちらは、イタリアの作家イーヴォ・ロザーティの物語で、不思議で、ユーモラスな感覚に満ちた一冊です。深いブルーの色彩が印象的で、奥行きのある幻想的な絵本です。

 

京都シネマの予告編で、全身刺青のダンサーが、縦横無尽に駆け抜ける映画の予告がありました。なんて、かっこいい!

そのドキュメンタリー映画「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン  世界一優雅な野獣」を昨日見てきました。

ウクライナ出身、史上最年少の19歳で英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルとなったセルゲイ・ポルーニン。しかし、幼少の時からバレエ学校に通い、田舎からキエフでバレエ教育を受けるのには、さらに高い学費が必要になります。父と祖母が他国に出稼ぎに出て、息子に付き添う母とは別居、両親はやがて離婚し、家族が崩壊します。家族のことが大好きだった彼は、その事で深く傷つきます。プレッシャーの中で、クラシックバレエダンサーには相応しくない刺青を彫り、薬物に手を出します。心身とも傷つきながら、舞台で踊る鬼気迫る孤独な彼の表情が映し出されていきます。2年後、ポルーニンは突如バレエ団を退団。バレエ界全体に衝撃が走ります。

映画は、幼少の頃からダンスに抜群の冴えを見せる彼の映像を混ぜ合わせながら、世界の頂点から、自滅的などん底へと落ちてゆく彼を見つめていきます。ここまでなら、よくある悲劇のスターの物語ですが、ここからです。

先ずは、映画の公式HP、或はyou tube でホージアのヒット曲「Take Me To Church」に合わせて踊る彼を見て下さいた。写真家のデヴィッド・ラシャペルが監督し、ポルーニンが踊ったこのビデオは、一旦は踊ることから離れた彼が、再度空中を舞うことに、その技術と精神のすべてを捧げた瞬間を捉えています。苦悩から歓喜へと躍動する肉体、ありのままの自分を表現する姿に心底感動します。その映像がyou tubeにアップされて、世界中の人々からの熱い支持を受けたことが、彼を再びバレエに駆り立てることになりました。

クラシックバレエの窮屈な制約から飛躍したポルーニンは、プリンシパル時代決して呼ばなかった家族を招待します。一度はバラバラになった父と母、祖母たちは、彼の素晴らしい舞台を観る為に集まるのです。最も大切にしていた家族の再会です。息子のバレエダンサーへの道の反対しながらも、学費を工面した父親を舞台に呼んだ映画「リトル・ダンサー」の感動的なラストを思いだしました。

長く、曲がりくねった道を経て、ポルーニンはやっと自分の人生を手に入れたところで映画は幕です。エンドクレジットもお見逃しなく。惚れ惚れする程美しい彼の踊りが観られますよ。お薦めの一本です。