イタリアで大ベストセラーになった、アルプスを舞台にした長編小説「帰れない山」(新潮社クレストブックス/古書1400円)は、読み終わった時に極上の気分に浸れる小説です。二人の少年が大人になり、それぞれの道を進んでゆくところまでを、北イタリアモンテ・ローザ山麓の自然描写を交えながら描いていきます。

「光の犬」「沈むフランシス」などの著者松家仁之が、

「揺さぶられるほどに懐かしく、せつない読書体験だった。」と帯に推薦文を書いています。

登山好きの父親に連れられて山を歩いてきたミラノ育ちの内向的な少年ペリオは、牛飼いの少年ブルーノと出会います。ペリオの、ブルーノに対する最初の印象をこんな風に描いています。

「彼が来ていることは、姿を見る前に、においでわかった。少年は、家畜小屋や干し草、凝乳、湿った土、それに薪の煙といったもののにおいをまとっていた」

森や山のことを知っているブルーノに引き込まれるように、ペリオは、この地方の自然に魅入られていきます。そして二人は親友になっていきます。渓流をわたり、大自然の匂いに包まれながら、友情を深めていきますが、その一方で、ペリオと父の間には、いつしか深い亀裂が生じます。息子には理解できない父親の人生。

少年時代は終わりを告げ、ペリオはミラノに戻り、自分の人生を模索していきます。ブルーノは、生まれた場所から離れることもできず、黙々と農作業の日々をこなしていきます。そして、青年から中年へと差し掛かった二人は再会します。

「朝陽はグレノンの山頂を照らしているものの、窪地までは届いておらず、湖はまだ夜の気品を保ったままだった。夜の闇と朝の薄明かりのあわいに空があるかのように。僕は、自分がなぜ山から遠ざかっていたのか思い出せなかった。山への情熱が冷めていたあいだ、なにに夢中になっていたのかも。けれど、毎朝一人で山に登っているうちに、少しずつ山と和解できていくような気がした。」

亡くなった父親が、ペリオに残してくれた、半ば崩壊した山の家。そこをブルーノと修繕してゆくうちに父の生き方を理解してゆくようになります。

父と息子の関係、男同士の友情、そして少年が大人へと成長してゆく姿を、クラシカルな手法で、しかも野生的な描写も残しながら語ってゆきます。正統派、直球ど真ん中の作品です。

「僕にはやはり二人の父がいたのだと思った。一人はミラノという都会で二十年間一緒に暮らしたものの、その後の十年はすっかり疎遠になっていた、他人同然の父。もう一人は山にいるときの父で、僕はその姿を垣間見ることしかなかったけれども、それでも都会にいるときの父よりは良く知っていた。僕の一歩後ろから山道を登り、氷河をこよなく愛する父。その山の父が、廃墟のあった土地を僕に遺し、新しい家を建てろと言っている。ならば…..、と僕は心に決めた。都会の父との確執は忘れ、山の父を記憶にとどめるために、託された仕事をやり遂げようではないか。」

物語は終盤、過酷な運命が待ち構えているブルーノの人生へと向かいますが、山の民ブルーノらしいと納得です。山を通じて二人の人生を描く傑作でした。これ、いい役者で映画になって欲しいものです。きっと号泣します。