ジャネット・スケスリン・チャールズ著「あの図書館の彼女たち」(東京創元社/新刊2420円)は、400ページ余の長編小説でとても読み応えがあります。

ヨーロッパでナチの脅威が大きくなり、フランスが占領される未来が迫ってきている1939年。主人公オディールは、本と図書館が大好きなパリジェンヌです。幼い時から、図書館は宝の山だ!と思っていた彼女が、パリにあるアメリカ図書館で働くことになるところから物語はスタートします。当時は、女性は仕事などせずに、家庭にいるというのが常識でした。警察官だった彼女の父親ももちろんそう考えていて、オディールが図書館で働くことに猛反対。しかし彼女は、それを振り切って働き始めます。

 

「『ひとは読むものよ』女性館長は言った。『戦争であろうとなかろうとね』」

ドイツ軍将校とも互角に渡り合う館長ドロシー・リーダーと、個性あふれるスタッフたちに囲まれてオディールは、様々な仕事をこなしていきます。仕事を始めた頃は、まだ戦争の影はどこにもありませんが、物語は、ゆっくりゆっくり恐怖の時代へと近づいていきます。

この図書館は実在していて、現在もパリにあります。パリにありながら、英語の書籍や雑誌を提供する、いわばアメリカ文化の情報発信の拠点なのです。1940年から44年まで、フランスはナチスに占領されました。多くの図書館は閉鎖されますが、かろうじてこの図書館は活動を続けることができました。しかし、多くの制約を課されオディールたちにも危険が迫ってきます。

ナチスはユダヤ人の図書館の利用を禁止しましたが、ドロシーたちは、図書館に登録していたユダヤ人の家に本を届けるというサービスを始めます。オディールも、検問を掻い潜って本を届けます。サスペンス映画のような描写も交えながら、本を守る彼女たちの日々を細密に描いていきます。

戦地に行った兵士たちに本を送るサービスを開始した図書館の、広報を担ったオディールは、取材に来た新聞記者からなぜ戦地に本を送るのだと質問されます。そのやりとりが素敵です。

「『誰にでも、決定的に自分を変えた本というのがあります。』わたしは言った。『自分がひとりぼっちじゃないと教えてくれる本です。あなたの場合はなんですか?』」

逆に記者の対して問うたオディールに、彼は「西部戦線異常なし」と答えます。レマルクの有名な反戦小説です。そこでオディールは「それを広めてください。あなたがいいと思った本を兵士に届けるのに、力を貸してください」と言うのでした。

本書の面白いところは、戦後、アメリカのモンタナに移住したオディールの姿が挟み込まれていることです。それは1984年1月からスタートします。近所との交際を避け、一人ひっそりと暮らすオディール。彼女の隣に住むティーンエイジャーのリリーとの長い付き合いが描かれていきます。なぜ彼女はパリを捨てて、アメリカの片田舎にいるのか?その謎も少しづつ、明かされていきます。

先日ご紹介した落合恵子の「わたしたち」同様、時代の荒波に翻弄されながらも、自分の人生を見つけていった女性たちの物語です。アメリカで一人生きるオディールと、家庭から浮いて孤独に苛まれるリリーの間に生まれる友情と絆もズシンと迫ってきます。

今、長編小説を読みたいと思っている方へ、迷わず本書を推薦します。

 

 

フランスの写真家ロベール・ドアノー(1912〜1994)の「パリ市庁舎前のキス」は、日本でも大人気になりました。主として報道写真、ファッション写真の分野で活躍した写真家です。

いま、京都のえき美術館で「ドアノーと音楽、パリ」という写真展が開催されています。中々、素敵な写真展でした。ドアノーは一生を通じて愛したパリと、その郊外を散策し続けました。第二次世界対戦後、パリの街並みには音楽があふれていました。ドアノー自身、少しバイオリンを習っていましたが、音楽家への道は諦め、辻々から聞こえてくる無名の音楽家たちが奏でる音楽を愛していました。アコーデオン弾き、ギタリスト、バーで歌う歌手などをカメラに収めています。ジュリエット・グレコやジャンゴ・ラインハルトといった大御所たちの日常のスナップも見ることができます。

どの写真からも生きる楽しみ、喜びが聴こえてくるようです。「流しのピエレット・ドリオン」というタイトルの女性アコーディオン奏者を捉えた一連の作品の格好良さといったら!まるで、フランス映画のワンカットをみているみたいです。

今回の作品展に合わせて出版された「ドアーノと音楽、パリ」(小学館/新刊2400円)の中で作家の堀江敏幸が、こう語っています。

「動画でもなく録音でもない一枚の写真から、なぜこんなふうに音楽が流れてくるのだろう。音楽家や楽器がとらえられているのではない。全体の空気がすでにひとつの音楽になっているのだ。」

ドアノーは、楽器を弾く人とその周りで楽しんでいる人々、そして音楽が流れる街を深く愛していたのでしょう。ミュージシャンだけでなく、楽器を作る職人たちをとらえた作品にも彼らへのリスペクトがにじみ出ています。

 

 

日本人写真家として、戦後初のヨーロッパを取材したのは木村伊兵衛でした。1954年から55年にかけてパリに滞在し、この街の魅力を撮り続けたのが「パリ残像」(Crevis/古書2100円)です。

「花のパリはやっぱり『花の巴里』で じつによいところのようだ。一旅行者にはこの国の政治、経済、社会などのむずかしい面がみえないせいもあるだろうが、来て良かったと思った。何よりも人間が大人で気持ちが良い。言葉が通じなくても 体に何かが感じられる。」

と、木村は1954年10月20日の撮影日記に書いています。 「じつによいところ」という写真家の気分が作品の隅々にまで感じられます。街の様子、そこに生きる人々の姿が、そのままファッション雑誌に登場しそうな程に洗練された作品です。美術関連の本をずらりと店頭に並べた書店の前を、足早に通り過ぎるショットなど、そのままフランス映画に出てきそうな雰囲気。

「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ われ等の恋が流れる」というアポリネールの詩で有名なミラボー橋を歩む白いコートを着た女性。白い雲の向こうにはエッフェル塔が見えている有名な作品の次には、この街に生きる女性たち、男たちのポートレイトが続きますが、どれも木村の真骨頂。ちくま文庫から出ている「木村伊兵衛昭和を写す」シリーズ(各950円)でも、戦後の日本の姿を写し出しています。

 

 

 

 

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京都文化博物館で開催中の「パリ・マグナム写真展」(9月18日まで)に、朝一番、行ってきました。

1947年、「写真家自身によってその権利と自由を守り、主張すること」を目的として、ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ジョージ・ロジャー、デビッド・シーモアによって、写真家集団・マグナムは結成されました。以後、現在に至るまで、マグナムは多くの写真家を輩出し、地球規模で新しい写真表現を発信し続けています。

マグナム・フォト設立70周年にあたり、パリをテーマにした約130点が選ばれています。占領下のパリで、レジスタンス達の戦闘シーンを捉えたものから、戦後の荒廃期を経て、華やいだ都市へと復興してゆく姿。或は全世界に波及した学生運動の原点ともなった「五月革命」の激しい戦いの一瞬を捉えたものなど、この都市に魅了された写真家たちの作品が並んでいます。

とりわけ、キャパが捉えた戦中戦後の、市民や労働者たちの姿を写した作品は、まるで映画のワンカットみたいにドラマ性に富んだ作品でした。キャパではありませんが、40年代ルノー自動車工場の労働者のストライキを捉えた作品も、ネオリアリズム系イタリア映画を彷彿とさせます。

この時のストライキの目的は、40時間労働と有給休暇の獲得でした。すでに、ここで、未だに我が国では達成されていない目標に向かっていたのは驚きでした。

展示は、マグナム発足前の1932年から始まり、デジタルカメラの登場で新しい写真表現が可能となった今日まで、そして痛ましいテロ事件の痕跡を網羅しています。

エリオット・アーウイットが1949年に撮った「パリ」、52年にキャパが撮った「凱旋門」などを見ていると市民が平和な時代に生きている姿が伝わってきます。

ところで、今回の写真展で一番気に入ったのは、実はパリの街を写したものではなく、「第三の性」で著名な作家ボーボワールの横顔を捉えたエリオット・アーウイットの作品でした。お薦めの写真展です。

なお店には、今も勢力的に活動するマグナムに所属する写真家たちの優れた作品を収録した「MAGUNUM MAGUNUM」(青幻舎3500円)をおいています。写真が持つ芸術表現の豊かな広がりを堪能できる一冊です。