1972年ソウル生まれのピョン・ヘヨンの短編集「モンスーン」(白水社/古書1600円)は、どの短編も極めて面白いのですが、深い孤独感、緊張と不安を強いられるので、そういうの苦手だな〜と思われる方は、スルーしてください。

タイトルになっている「モンスーン」は、郊外の団地に住み、関係が冷え切り、会話が全く意味をなさない夫婦のお話です。なぜ、冷え切っているのか。それは二人が別々に外出した時に、亡くなった子供のせいです。夫婦のこれからに幸せは見当たらず、暗澹たる日常が繰り返されてゆく姿を描いた作品です

個人的には、この作品よりも他の作品群にひかれました。

上司から中身のわからない袋を渡されて、辺境の町まで運ぶ二人の会社員の、意味を見出せない移動を描いた「観光バスに乗られますか」。地方に派遣され、担当する業務の内容、意味もわからずに同じ作業をする社員の姿を通して、自分の存在が無のループに陥る「ウサギの墓」。

身重の妻を伴って、都市から地方支社へと移動してきた夫が味わう日常の不条理な争い、理不尽な行動に飛び出す夫を、遠くから見つめるように淡々と描いた「散策」。大学の複写・製本室に務めて、判で押したような、コピーのごとき日々を描いた「同一の食卓」。都心への引越しを決め、先に荷物を送った夫婦と子供の遭遇する過酷な一夜と、いつまでもたどり着けない新居への苛立ちを描く「クリーム色のソファの部屋」。

突然失踪したカンヅメ工場の工場長の、全く人間味のないような人間模様を描く「カンヅメ工場」。花屋を営む男の元へ恩師が死にそうだという電話が入り、花束を持って向かった先で、恩師が死ぬのを延々待ち続ける理不尽な状況に陥る男を枝いた「夜の求愛」。そして、大きな屋敷に住む一家の息子とその友達の関係を、冷たく描いた「少年易老」。得体のしれない世界が、突き刺さってきます。

翻訳を担当した姜信子は「ピョン・ヘヨンの作品はひそかにじんわり恐ろしい。」と書いています。この怖さは、恐怖小説やオカルト映画の恐怖とは全く違います。私たち自身が知っていて、どこにでもある、しかしそこを踏み越えたらもう戻れないという、日常に潜む不条理、延々と続く闇を見せつけられます。

脱出不能なループの罠に取り込まれる小説の面白さが堪能できる作品です。この罠の魅力には抗えない。