宮沢賢治という作家は、徹底的に推敲する人でした。その徹底ぶりはオタクに近いものがあります。以前、完成形と、その前のバージョンを読み比べたことがありますが、ここまで一つの言葉、文章に拘るのかと感心しました。

名作「銀河鉄道の夜」にも「初期編」と「完成編」があります。この小説は1924年頃に初稿が書き出されて、31年ぐらいまで推敲が繰返されました。第1次稿から第4次稿まで、3回にわたって大きな改稿が行われたことが後の研究で明らかになりました。第1〜3次稿(初期形)と、第4次稿(最終形)の間には大きな差があり、同じ小説とは思えない程です。

この小説を漫画にしたますむらひろしの本に「最終形」と「初期形−ブルカニロ博士編」をセットにした一冊があります。(1500円)。初期の第三次稿が「初期形−ブルカニロ博士編」として知られています。賢治本人の書いたものよりも、ますむらの作品は、賢治の描いた世界をさらに彼方へ向かわせる力があるように思えます。

天国へ旅立ったカンパネルラを探して、泣き叫ぶジョバンニの前に現れるブルカニロ博士が、様々なことを語り出します。宇宙の真理、生きること、死ぬことの意味、ジョバンニが探すべき「本当の幸せ」とは何か・・・。

そして、こんな台詞を残して一気に次元を越えて、過去から現在へ時空を旅します。

「みんながめいめいじぶんの神様がほんとうの神さまというだろう。けれどもお互いほかの神さまを信じる人たちのしたことでも、涙がこぼれるだろう。

それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。

けれどももしおまえがほんとうに勉強して 実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、

もう信仰も化学と同じようになる。」

どこか悟りを開いたような澄み切った表情の、博士のキャラクターが、原作以上に胸に迫ってきます。完成形では、この博士は登場しません。なぜ、賢治が外したか、それは分かりません。