観た後、ちょっと心持ちが軽くなり、センスよくユーモアと批評精神にあふれた映画って近頃少なくなりました。「ゴヤの名画と優しい泥棒」(京都シネマにて上映中)はそんな佳作です。

開設されてほぼ200年の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」で、1961年、ここに飾ってあったゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれました。犯人はケンプトンという60歳過ぎのタクシー運転手。

当時、イギリスではTV受信料を払わないとBBC(英国国営放送)を見ることができませんでした。しかし、下層階級の、しかも老人たちにはそんな余裕はありません。日頃からそのことに不満を持っていたケンプトンは、盗んだ絵の身代金で、多くの人たちの受信料を肩代わりしようと考えたのです。

事実を元に脚本が書かれ、ケンプトンにはジム・ブロードベント、その妻にはヘレン・ミレンという英国を代表する名優が演じています。貧しい暮らしの日常をきめ細かく描きながら、反骨精神旺盛でめげないケンプトンと、その如何しようもない夫の尻を蹴りながらも、彼を見つめる妻。

あっけなく簡単に盗むことができた名画。さて、それをどうするか。自宅に隠すのですが、正直で真面目な妻にばれやしないかとヒヤヒヤの日々です。貧しい人から乗車賃を取らなかったためにタクシー会社もクビになり、アルバイトで見つけたパン屋も人種差別をする上司と喧嘩してクビ。でもこの人、全然動じていません。ラストの裁判のシーンでも、そのシニカルで、ちょっと人をクスッさせるユーモラスな弁舌は冴え渡ります。威厳ある裁判官も、笑いをこらえる始末。

女優の加賀まり子は、「この映画には”やわらかい芯”がある。触ってみてください」とコメントしています。単に泥棒騒動をコミカルに描いただけではなく、お上への真っ当な批判精神を生き方で証明した老人の話なのです。物語には、実はもう一つ秘密が隠されています。この夫婦には、若くして亡くなった娘がいました。その娘の死と、二人はどう向き合ってきたのか、いや向き合ってこなかったのかを映画は優しく見つめます。

ラストシーン、ショーン・コネリーの「007Dr.No」を、映画館で夫婦揃って鑑賞中の二人の会話に大爆笑。え、えっ、そうなの?もう一度「007」観てみようという気分になりました。

愛すべきイギリス映画でした。