アルゼンチンを代表する作家ボルヘスの最初の短篇集「悪党烈伝」(晶文社700円)の中に、「忠臣蔵」の吉良上野介に関する叙述を見つけました。ボルヘスはA・B・ミトフォードの翻訳で、この古典を読んだみたいですが、その中に、え〜っ?という記述がありました。

殿中で、吉良に斬りかかった浅野内匠頭が幕府より切腹を申し付けられた直後をこんな風に書いています。

「内匠頭は切腹と決まった。赤穂城本丸の中庭に緋毛氈の敷かれた高壇が設けられ、切腹を申し付けられた内匠頭があらわす。(略)形どおり腹を十文字に切り、自ら臓腑をひきだして侍らしく死んでいった。白髪の実直そうな男ーこれは家老の大石内蔵助で、この日主君の介錯人をつとめたーが刀を一閃させて首を斬り落とした

太字部分、忠臣蔵をご存知の方なら、そんなばかな!と絶句するでしょうね。

内匠頭は、自分の領地赤穂ではなく、江戸で切腹したはず。でないと歌舞伎、映画等で断末魔の彼が、赤穂から馳せ参じてくる内蔵助の姿を求めて、「内蔵助はまだか」と訴えるシーンがあり得ないということになります。歌舞伎で花道を内蔵助がつつっ〜と走ってくる魅力的なシーンがなくなってしまいます。そして「自ら臓腑をひきだして」なんてスプラッタ映画みたいな描写も、なんだかしっくりと落ちつきません。

もちろん内蔵助が介錯人をしたなんて話も初耳です。まぁ、その方が、その後じっと耐え続けて、最後に仇討ちを果たすというカタルシスが増すのは間違いはありませんが……..。

さらに、主君の仇討ち完遂後、切腹した内蔵助の墓の前で、腹を斬る若侍の話にも言及しています。この侍、敵討ちなんて忘れたふりして夜毎どんちゃん騒ぎをする内蔵助を非難した人物らしく、その自らの行いを恥じて自害したという設定ですが、こんな人物も初めてです。まあ「忠臣蔵」には、もういろんなネタ満載なんで、こういう侍がいたとしても不思議ではありません。

南米に「忠臣蔵」が翻訳されていたことが驚きですが、とんでもなくお話が変わっているのに、さらにビックリです。そして、ボルヘスが、直訳すると「世界の悪党」というこの本に吉良を取り上げているのも仰天です。

できれば、南米で翻訳された「忠臣蔵」も読んでみたいものです。え〜?はぁ〜?という描写が沢山あって楽しめそうです。

 

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

 

 

 

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アルゼンチンを代表するボルヘスの小説「砂の本」の一節に

「砂と同じくその本にも はじめもなければ終りもない、というわけです」とあります。

この「砂の本」に深くインスパイアされて、迷宮的世界を版画にして、一連の作品に仕上げられたハセガワアキコさんの「バベルの書室」展が始まりました。

ボルヘスは、その生涯一度も長編小説を書いていません。ほんの数ページの作品も沢山あります。削ぎきった簡潔な文章で、異常な世界を描いてゆく作家です。麻薬的な恐怖みたいな世界へと誘われる、アブナイ作家の一人です。ハセガワさんがモチーフにした「砂の本」は、無限のページを持つ一冊の本が登場します。その世界を元に製作された版画も、不思議な魅力に溢れた作品です。暗黒の空間に浮遊するオブジェ。いかん、この世界にのめり込むと、戻れなくなるかも。でも、ゆっくりと漂っていたいと思わせる作品です。

他にも、11世紀のペルシャの詩人ハイヤームの四行詩を集めた「ルパイヤート」からは「一滴の水だったものは海に注ぐ。一握の塵ちりだったものは土にかえる。この世に来てまた立ち去るお前の姿は一匹の蠅はえ――風とともに来て風とともに去る。」を作品化されています。また、レイチェル・カーソンの名著「沈黙の春」の一節を作品化したものもあります。

「生きている集団、押したり押し戻されたるする力関係、波のうねりのような高まりと引きーこのような世界を私たちは相手にしている」を版画にした作品なんて見たくなってくるでしょう?

神秘的で、幻想的な世界が誘われて、作家の内部に流れる音楽を奏でる魔笛が聴こえてきそうです。小さな本屋の壁に静謐な世界が広がりました。

版画作品と、作家さんが製作されたミニ本も展示販売しています。また、影響を受けた愛読書を装幀した本も展示(非売)しています。

 

 

 

ハセガワアキコ 「バベルの書室」展 

4月28日(火)〜10日(日) 5月4日(月)は定休日

★4月28日、29日、5月2日、3日、10日に在廊予定です。