札幌に、「くすみ書房」という名前の本屋がありました。

2015年、内外のファンに惜しまれつつ、約70年間の書店の歴史の幕を下ろしました。二年後の春、店主久住邦晴氏は病に倒れ、復活することを強く希望されていましが、その年の夏の終わりに他界されました。享年66歳でした。

ミシマ社から出た「奇蹟の本屋をつくりたい」(1620円)は、その闘病時に書き残した原稿をもとに構成されています。本が売れない時代に、なんとか本を売ろうと奮闘努力した書店の記録です。

1999年、様々な外的要因でくすみ書房は経営のピンチに陥ります。営業努力しても一向に売上げは回復せず、支払いは滞り、督促の電話が鳴り続けます。そして、どん底の2002年、高校に入学されたばかりの邦晴氏の息子さんが白血病で亡くなりました。葬儀の香典をかき集めて、本の支払いに回したその日、閉店することを決意します。しかし、邦晴氏はそこで、「くすみ書房さんは、きっと息子さんを亡くして力を落とし店を閉めたんだろう。しょうがないね」と言われるだろう、閉店を息子のせいにするわけにはいかない、と思い直します。

そこから、邦晴氏は新しい本屋の姿を模索してチャレンジを開始します。

業界、マスコミが注目したのが「なぜだ、売れない文庫フェア」と称する文庫の企画展でした。POSデータではじき出された文庫売上げ順位の下位には、名作が並んでいます。でも、売行き不良でどの本屋にも置いていない。良書が消滅する危機感と、売上げデータ最優先の画一的品揃えのナショナルチェーンへの抵抗の意味も含めて、このフェアを敢行します。これが当たりました。マスコミを味方につけた戦略も功を奏して、店の売上げも復活してゆきます。さらに、当時まだ珍しかった店内での朗読会を始めます。

出版社や取次ぎのお仕着せで、独創性のないフェアに背を向けて、「本屋のオヤジのおせっかい『中学生はこれを読め』」といった書店独自の企画で勝負をしていきます。順調に回復していったのも束の間、またもた大型書店の出店で売上は下降。思いきって、本屋を始めた場所を捨て、新しい土地に移転を決意します。

しかし、今度は邦晴氏の妻が病に倒れます。何度かの手術の後、2011年、57歳で妻は天国に旅立ってしまいます。そんな失意の中にあっても、「高校生はこれを読め」展を企画し、実行します。だが、本屋を取り巻く状況は厳しさを増すばかりです。移転した店も2015年6月閉鎖。再建を目指そうとした矢先、病が発覚。肺がんでした。

闘病中、彼は本書の執筆に全精力を傾けます。最後にこんな事を伝えます。

「お金がなくても作れる本屋 だから借金の無い経営 きちんと休みのとれる本屋 知的好奇心の満たされる本屋 文化を発信できる本屋 置きたい本だけを置いている本屋 何者にも束縛されない本屋を目指します」

この言葉を書店業に携わる人間は、真摯に受け止めるべきだと思います。「奇蹟の本屋をつくりたい」は、不幸にも病に倒れた本屋の一代記と同時に、人が一生かかって、一つの事を成し遂げる長い道程を支える希望を語った本です。多くの読者に読んでもらいたいお薦めの一冊です。

なお、店内にはこの本の出版記念として、各地で活躍する書店主さんが書いた本を並べています。夢の実現に悪戦苦闘したステキな人達です。

 

ミシマ社から、「絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話」(若林理沙著/1728円)という長いタイトルの本が出ました。京都は40度近い猛暑の日々、外へ出るだけで危険な暑さです。こんな時こそお薦めの、ココロとカラダを考える一冊です。

本の中に「ミシマ社通信」という小冊子が付いています。そこに、著者が、夏バテは冬と春から始まっているという東洋医学の考え方を述べています。即ち、「すでにバテ気味だという人、冬の間に夜更かしをたっぷりしたり、冷たいもの・ナマモノをよく食べる生活をしていませんでしたか?これらは夏の暑さに対抗するために必要な体のラジエーションシステム(陰気)を弱める行為とされています」ということです。

著者は、死ぬまでの間それなりに楽しめる、ココロとカラダの「いい塩梅」の状態を目指すことが健康であり、最終目標は、ああ、楽しかったと息を引き取ることだと考えています。そのために、何をどうしてゆくのか。自分の健康法の棚卸しに始まり、「寝る・食う・動く」の時間を決める、「寝る・食う・動く」の質を高める、風邪は引き始めに東洋医学で治す、生活そのものが養生になるという順番でステップアップしていきます。

成る程と思ったのは、「ハレ」をちょこちょこ消費する不健康という見方ですね。たまにしかない「ハレの日」は、豪華で楽しい一時です。それに比べて、ごく普通に続く、そして日常生活の多くを占める「ケの日」は地味な日です。ところが、ネット時代の到来と共に、膨大な量の情報が流れ込み、これも楽しい、あれは美味しい、こっちはお買い得と、本来なら「ハレの日」の情報が、日々の生活を侵します。増加する情報や刺激の量が、ハレの感覚を麻痺させてしまい、現代人は祝祭が毎日ないと我慢できなくなりつつあるようです。結果、ちょこちょこ「ハレの日」を消費してしまい、「ハレの日」へのハードルが上がってしまい、感動が目減りして、徒に多くのものを消費してしまいがちです。

「生きている間の限られた時間を最大限に楽しむためには、ハレとケをある程度分離させた、メリハリが必要なのです」という著者の考えには頷きます。BS放送の民放チャンネルを回していると、健康食品からファッション、美容に至るまで「ハレの日」の情報の垂れ流しに遭遇します。このスィッチをオフにすることから、健康は始まるのかもしれません。

ミシマ社からは、矢野龍彦&長谷川智「ナンバ式元気生活」(1620円)、大塚邦明「病気にならないための時間医学」(2376円)、そしてブログでも紹介した小田島隆「上を向いてアルコール」(1620円)など面白い健康関連の本が出ています。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。

 

「京都でハモ、それがどないしてん」という、京都人への挑戦的フレーズの「飲み食い世界一の大阪」(ミシマ社1728円)でお馴染みの、江弘毅の新作「大阪弁ブンガク論」(ミシマ社1836円)は、ボケツッコミ満載で、笑いころげる文学論です。

生まれも育ちも岸和田の著者は、「社会的属性や世代も違う人々が普通に混じっているので、自然とコミュニケーション力が磨かれる。その際に中心となる『言語運用』は、小学校で習う国語だけでは『通用』しない。」といいます。

中学時代はおもしろいことを言うことが勝者であり、「おもろく表現する」ことが、他人を説得させる手段。国語の先生でさえ、宮沢賢治の詩を泉州弁で朗読し、英語の先生は大阪弁のイントネーションでした。

この本の中で、独特のエネルギーを持つ大阪弁を駆使した小説を取り上げて、その魅力を分析していきます。昨今、西加奈子、朝井まて、黒川博行といった関西の言葉で構成された小説が連発されています。著者は「彼らの書く登場人物の大阪弁〜関西語コミュニケーションの技法こそ、その魅力にほかならない」とし、先ず黒川博行の小説を取り上げています。

私も黒川の大ファンで、ほぼ読んでます。「よっしゃ、あのガキ、いてもたる」という、お下劣なセリフバンバンのヤクザもんや、上方漫才を聞いているような会話の刑事たちが活躍するサスペンスものなど、新刊台に出たら購入してしまいます。「後妻業」や「疫病神」が映画化されていますので、ご存知の方も多いと思います。ヤクザはヤクザの、デカはデカの、生活に相応しい言葉を巧みに使い分けているとことが、黒川作品の特質だと著者は指摘しています。言葉がリアルで、ノンフィクションであることが面白さを生むのです。その辺りを理解せずに、関西弁を使った上っ面だけの物語は、関西人から言わせてもらうと「おもんないわ、これ」になってしまいます。

直木賞受賞作品「破門」に、主人公二人の極道のこんな会話があります。

「たたでは済まんやろ。指飛ばして詫びいれんとな」「へ、おまえの指なんぞ、犬の餌にもならんわ」「そうかい、おどれの指はどうなんや。尻の穴もほじれんど」「おもろいのう、おまえ」

リズム良く、ポンポンと飛び交います。

黒川は、編集者に大阪が舞台でもいいから、東京弁の小説を書いてくれと言われた時、「なんちゅう安易な発想やと思いました。もちろん本の大半が首都圏で売れるというのは知っていましたが、大阪に住んでる人間がそんな言葉を喋るわけがない。そんな小説は書けません。」と拒否したそうです。エライ!!

その土地やそれぞれの社会集団に根付いた言葉で、そこに生きている人達が動いてこそ、物語は息づいてくるのですね。

本書は、谷崎潤一郎、町田康、山崎豊子等が登場します。どれも、これも独自の視点で論じていて、面白さ120%なのですが、これ以上書くとキリがありません。ぜひ、ご一読をお勧めします。

★連休のお知らせ 7月2日(月)3日(火)


 

レティシア書房は、すっかりミシマ社に乗っ取られた様相を呈しています。店のウィンドウ(写真左)にも、入口付近(写真右)にも、ほら、ミシマ社さんが…….。「本のおみくじ」(写真右下)なんていうのもあって、ご来店の客様にはけっこう好評ですし、ミシマ社オリジナル手ぬぐいは、このキャンペーン中に3冊以上ミシマ社の新刊をご購入の方にプレゼントしております。

「ミシマ社と京都の本屋さん展」は、壁一杯に貼り出された京都市内の本屋さんの地図が、ペチャクチャおしゃべりをずーっと続けているような賑やかさ。なんせ自転車で15分くらいしか離れていないので、ひとつずつ本屋さんのイラストが増えていくという状態ですが中日を過ぎても、一向に完成の目処は立たない感じで、たぶんこのまま最終日になだれ込みそうです。最終日にちゃんとこの展示を下ろす事ができるのか、目下の心配はそこです。次の展覧会の準備がひかえてるので、ミシマ社さん、お願いしますね。

ミシマ社の本については、店長が、「店長日誌」でも度々取り上げてきました。この展覧会の初日のブログ(4月11日)にも紹介しています。私はサイン本の棚に並んでいる「毛のない生活」(山口ミルコ著・1500円+税)を、久しぶりにめくりました。この本を初めて手に取った時、私は親しい友人の癌の闘病に付き添っていました。彼女の底知れない不安を、すぐ側で見ていた毎日がよみがえります。山口さんが病気を受け入れ、生きる道を模索し、友人と繋がりながら、バリバリ進むだけの生活から、足下を見つめ新しく生まれ変わろうとしている姿が、健気でまぶしかった。社会に、人生に取り残されそうな不安など、胸をしめつけられそうになったこともあったでしょうが、本にまとめあげられた力に、改めて敬服しました。あの時、一所懸命前向きに頑張っていた友人が、ふと「もとの体に戻れない」と涙ぐんだ時、私は力になれていたのだろうか、と、彼女を切なく思いだしました。

現在読んでいるのは「お世話され上手」(釈徹宗著・1600円+税)。ここでは、お年寄りの暮らしにとっては、何を置いてもバリアフリーが必要というわけではない、ということなどが書かれていていちいち頷きました。面白いと思ったのは釈さんの「巻き込まれキャンペーン」という一人ムーブメント。このキャンペーン中は、後先を考えずに流れに身を任せる、ともかく誘われたら、興味がなくても乗ってみるというもの。どちらかというと巻き込まれ型の私など、そうこうしているうちに気がついたら古本屋の女房。けれどそのおかげで、面白い展示のお手伝いなどできるわけです。私一人の経験なんてしれているので、誰かの力を借りてこれからも自分の枠を広げていくつもりです。

「ナンバ式!元気生活」という本をみつけ(レティシア書房もミシマ社のすべての本を置いているわけではないので)店番の合間に立ち読みしていたら、お客様が買っていかれたので慌てて追加発注ということもありました。そんなこんなで、賑やかなミシマ社展ですが、いつもとは違う活気が漲っております。きっとミシマ社さんのみなさんの熱気が、小さな本屋を少し若返らせてくれたのでしょう。有り難いことです。と、いうわけで、ミシマ社の未完成地図など見に、お出掛け下さい。立ち読みしていただいて結構です。(女房)

「ミシマ社と京都の本屋さん」展は、4月22日まで。(月曜定休日)12時〜20時

京都に本拠を置く出版社ミシマ社が企画した、ユニークな展示「ミシマ社と京都の本屋さん展」が始まりました。

ミシマ社は、大手出版社の編集者だった三島邦弘さんによって、2006年11月に設立された出版社です。「自由が丘のほがらかな出版社」をスローガンに掲げ、「一冊入魂」をモットーにして、書店と出版社を繋ぐ「取次ぎ」と呼ばれる流通業者を介さず書店と直接取引を行っています。

つまり、ミシマ社の本を積極的に販売してくれる書店にだけ卸すという姿勢です。

数年前、レティシア書房のわりと近くに京都オフィスを構えられて、京都の個性的な書店が広がっています。もちろん当店もミシマ社コーナーを作って、積極的に販売してきました。そのコーナー横に、ミシマ社のイラストレーターさんが描いた、レティシア書房付近の地図を貼付けていましたが、「可愛い!」と評判だったので、なら、この地図を壁いっぱいに展示しようよ、というところから、今回のこの企画になったというわけです。南は京都駅近くのイオンモール「大垣書店」から、北は北山の「アミーゴ北山店」まで、手描きの地図が貼り出されました。開店はしましたが、まだまだ制作進行中(写真左)。賑やかな展覧会となっています。面白いですよ!これからの出版社の在り方、本屋さんの進むべき方向、そして読者の選書のヒントなどが詰まりに詰まった企画展です。もう、ミシマ社スタッフも、お店も爆発寸前です!

個人的に、この出版社のベスト5を上げるなら吉田篤弘「京都で考えたこと」(1620円)、安田登「あわいの力」(1836円)、山口ミルコ「似合わない服」(1620円)、木村俊介「善き書店員」(1944円)です。

これからの社会のあるべき姿、世界の見方、そして個人の働き方に至るまで、私たちが生きる指針になってくれそうな本ばかりです。

 

「ミシマ社と京都の本屋さん」展は、4月22日まで。(月曜定休日)12時〜20時

 

 

 

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「強くなることが使命・・・・使命までいくか分からないですけれど、自分のすべきことだと思います。どのような景色が見えるのか。強くならなきゃいけないと思っています。将棋は奥が深い。強くなっても、強くなった先にある深遠さを見ていたいです。」

弱冠15歳の藤井聡太の言葉です。ベテランの棋士が言うならいざしらず、15才過ぎの青春真っ盛りの青年から、強くなった先にある深遠さを見ていたい、なんてセリフが出てきますか? なんとも凄味があります。

北野新太著「等身の棋士」(ミシマ社1728円)は、藤井聡太、羽生善治等の棋士へのインタビューと、対戦の日々をドキュメントしたノンフィクションです。私は、将棋のことは全く知らないし、やったこともありません。でも、これは面白かった。100%理解できたとは言えませんが、肉体と精神のギリギリのところで、勝負している人達がいることに驚かされました。

「棋士という二文字は『将棋を指す侍』を示している。プロ棋士という言葉を散見されるが、厳密には誤用である。力士と同じように、棋士という単語はプロフェッショナルであることを示す意味が初めから内包している。アマチュア棋士はいない」

勝つか負けるか、喰うか喰われるか、の世界です。筆者は、藤井や羽生といった人気の棋士だけでなく、非情な世界で生き抜く男達、そして女達を追いかけていきます。

驚いたのは、ワルシャワから日本に来て、女流棋士を目指すカロリーナ・ステチェンカという女性でした。彼女は15年12月、女流名人戦で山口恵梨子初段に敗れ、デビュー戦を飾れませんでした。遥か彼方の異国から、将棋を指しにこさせる原動力は如何なるものなのか興味は尽きません。

「等身の棋士」には、今まで読んだスポーツノンフィクションの傑作、例えば山際淳司の野球もの、沢木耕太郎のボクシングものと同じような匂いがします。簡潔でストイックな文体が、登場する男たち、女たちの心の襞を捉えていく手法です。

「かつて羽生は言ったんだ。将棋には人をおかしくさせる何かがあると。」

そんな奥深い暗闇でもがき続ける勝負師たちにストレートに立ち向かった筆者の愛情が溢れたノンフィクションです。

なお筆者には、ミシマ社からもう一冊「透明の棋士」(1080円)があります。こちらもどうぞ。

 

レティシア書房は、本日が今年最後の営業日となりました。今年も様々な面白い本に巡り会うことができました。

小説は、松家仁之「光の犬」(新潮社)、川上弘美「森へ行きましょう」(講談社)、柴崎友香「千の扉」(中央公論新社)などの新刊書が強い印象を与えてくれました。偶然かもしれませんが、三作とも、長い時間を生きた人達の人生が語られていて、時の流れをじっくりと描くという長編小説の醍醐味を味わうことができました。数年後、もう一度読んでみたら、どんなふうに感じるのか、ちょっと楽しみにしています。

久々に読んだ沢木耕太郎の「流星ひとつ」(新潮社/古書700円)は、ちょいと変化球ぎみのノンフィクションでした。演歌歌手、藤圭子の波瀾の生涯を、差し向かいでお酒を飲みながら語り尽くすという構成です。彼女の心の奥底にどんどん降りてゆく技術はさすがベテランの作家の力量です。一緒に「旅の窓」(幻冬舎700円)という写真エッセイを読みましたが、上手いなぁ〜と思いました。

数多くの京都本が今年も出ましたが、その中では、吉田篤弘の「京都で考えた」(ミシマ社1620円)はお薦めです。吉田の文体って、わからん理屈で迷路に引っぱりこまれたりして、読みにくいなぁと思うこともありますが、これはストンと腑に落ちました。吉田の文体と京都の露地がシンクロして、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

この本を出した京都のミシマ社は、相変わらずいい本を出しています。山口ミルコ「似合わない服」(1620円)、安田登「あわいの力」(1836円)、「うしろめたさの人類学」(1836円)は中身の濃い傑作です。最新作の北野新太「等身の棋士」(1728円)は藤井聡太、羽生善治らの棋士を描くノンフィクションで、将棋のことを全くしらない私のような者でも面白く読めます。

来年、レティシア書房でミシマ社の展示会をするので、さらに充実したコーナー作りを計画中です。

ミシマ社と同じように小さな出版社ながら、書物への愛情一杯の本を出し続けている夏葉社からも、尾形亀之助著、松本竣介画による「美しい街」(1728円)や、「東京の編集者 山高登さんに話を聞く」(2484円)など、机の上に置いて、ずっと眺めているだけでも幸せになってくる本が出ました。特に最後に出た埴原一亟 「古本小説集」(2376円)は、よう出した!!と拍手です。殆どの人が知らない作家、埴原一亟の短編を集めたもので、古本を拾い、古本屋を始め、そして続けてゆくその姿を、様々な角度から描いていきます。帯にこうあります

「小売商人は何を犠牲にしても店を守らなければならない」

この言葉を肝に銘じて、来年も頑張ります。

ギャラリーでも新しい作家さん達との出会いが多くありました。一方、2回目3回目と個展を開いて下さる作家さんと親しくさせて頂き、実りの多い1年間でした。

得地直美さん(初)、福原真理子さん(初)、呑海龍哉さん(初)、高原啓吾さん(初)、中西敦浩さん、棚からうさもちさん、森野有子さん(初)、上仲厚志さん、冨田美穂さん(初)、もじゃハウス&小嶋雄之さん、大島尚子さん(初)、ARKさん、村上浩子さんと絵本教室の皆さん(初)、「震災で消えた小さな命展」の皆さん、土本照代さん、たがわゆきおさん、長元宏さん(初)、朝野ペコ&楠木雪野さん、白崎和雄さん、沢朱女さん、梶間千草さん、山中さおりさん、澤口弘子さん、越智信喜さん(初)、そして「贈り物展」の作家の皆さん、本当にステキな展覧会をありがとうございました。

そして、雨にも風にも負けずご来店頂きましたお客様に心よりお礼申し上げます。来る年も、いい本と巡り会えることができますように。(店長&女房)

★新年は1月5日(金)より営業いたします。最初のギャラリー展示は、いま人気の絵本作家町田尚子さんの絵本「ネコヅメのよる」原画展です。著者の”ご当地サイン”入の絵本や、手ぬぐい、町田尚子キャットカレンダーなども同時に販売いたします。おたのしみに!

 

 

 

 

読んでいる本の著者のお会いするなんて、なかなか叶わないことが実現しました。

先日、出版社のミシマ社設立11周年記念パーティーの席上で、同出版社から「あわいの力」(1836円)を出されていた安田登さんにお目にかかることができたのです。

安田さんは、ワキ方能楽師です。ワキ方というのは、簡単に云えば、主役(シテ方)を補佐したり、物語の進行をする道案内を行う立場です。じゃ、この本は能楽の本?いえ、全く違います。

著者は、現代を「心の時代」と捉えています。心を厳密に定義してゆくと、膨大な時間を要しますので、著者は「自己意識」ぐらいに思って下さい、と言います。主体的に意志決定したり、自我をぐいぐいと押し出すことを覚えた人類は、やがて得体の知れない「心」に振り回されます。古代から孔子、釈迦、イエス等が心との付き合い方を巡って悪戦苦闘してきましたが、その答えが出ていません。

著者は「心」という文字が出る以前、人類はどうしていたのか。「『文字』以前の人間は、身体の感覚に従って生きていました。それが『文字』を使い始めたことで、脳で思考することが増え、人間がいわば『脳化』していった。それによって『心』が肥大化し、『心』がもたらす副作用がどんどんどんどん大きくなっていきます」

自殺、精神疾患の急速な増加はその副作用ではないか、というのが著者のスタンスです。え?じゃ、癒し系の本なのこれ?それも違います。

ここから、能楽師としての経験を踏まえて、「心の時代」の次を生きる「あわいの力」について、実証的に、知的に論じられていきます。ちなみに、「あわい」というのは、あいだのこと。自己と他者、異界と現実界、時間と空間、あっちとこっち。能楽におけるワキは、両者をつなぐ象徴的な存在だということです。

個人的なことですが、小鼓を習い始めて数年、能の舞台も何度も見ましたが、もう〜めちゃくちゃ眠たくなる時があります。実際寝てる人もよくお見かけしますが……。

著者は「それでいいのです。能は『そういうもの』であるからです。そういうもの?はい、そういうものなのです。つまり目の前で流れている時間とは別の時間に生きていることになる。まさに、『あわい』の世界に身をおくことになるわけです。」

この先は、能楽の世界へ入り、日本の芸能から日本語の持つ動的で、身体的な特質へと向います。ここら辺りのお話が好きな方にはたまらん知的興奮をお約束します。

さらに著者は、もう一つの専門でもある古代文字の世界へと読者を誘い、文字のなかった時代、人々はどう心と向き合ったのかまで話が広がります。

昨日、このブログで伊坂幸太郎の小説をご紹介した時、物語が「もう飛び跳ねまくりです」と書きましたが、こちらの本も宗教、古代文字、文学、古典、歴史と方々に飛んでいきます。成る程、成る程と頷きながら、「あわいの力」という抽象的表現の意味するところを学んでいきます。日本文化って、こんなに深く、面白いものなのだったんですね、安田さん。

一つ、いい文章に出逢いました。

「学びというのは、役に立たなければ立たないほど面白い」

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真左・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。数名で満席ですのでお早めに(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

吉田篤弘の新刊「京都で考えた」が、ご当地京都先行販売(ミシマ社/初回サイン&ポストカード付き1620円)で入荷しました。

「京都は百万遍にあるほの暗い喫茶店で、角砂糖付きの珈琲を飲みながら、買ったばかりの本のページをめくっている。」なんて出だしを読むと、これは著者好みの本とカフェをめぐる本かいな、と思ってしまって読み続けると痛い目に合います。難しい言葉を駆使した読みにくい文章では全くありませんが、著者が「京都で考えた本」という存在について引っぱり回されます。

先ず、著者の文体と思考法に、同調してください。そうしないとこの本の奥深い楽しみがわかりません。私は、

「本というのは、われわれが身を置いている日常の空間をところどころ押しのけるようにしている方がいい。疎ましくて結構。厚みや重みがあってこそである。いわば、その重さを買っているのである。」

という本の定義めいたことを述べているあたりでシンクロナイズに成功。後は著者の脳内思考の流れにのって、あっという間に読み終わりました。本を読むとはどういうことなのか、とぶつぶつ言いながら、碁盤の目のように続く京都の町中を一緒に彷徨い歩くような本とでも言えばいいのでしょうか。

「生活空間を圧する物理的な重さや大きさが、手の甲に書くべき『忘れてはいけない』ことをアラームのように教えてくれるのだ。人の記憶などというものは、自分の容量に加えて、友人、知人の脳まで駆使しても、結局『忘却』の力には抗えない。しかし、本は忘れない。」

本棚の奥から出て来た時、その昔の記憶がふぁっと甦ることってありますよね。私たちが忘れてしまったことも、本は覚えているのかもしれません。

著者は本屋をこんなステキな文章で表現しています。

「『木の葉を隠すなら森の中に隠せ』と云うが、言葉が隠されている森が書店であり、それも物語の入り口になるような言葉が至るところに隠されているのだ。」

そうすると、さしずめ書架は森の木になるのか。木で出来た書架に置かれた本が、居心地良くしているのはそういうことだったのかと、思わず店の節のある木で作ってもらった書架を振り返ってしまいました。

 

 

ご近所の出版社ミシマ社より、吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です。

吉田は、クラフト・エヴィング商會で出版した数々の書籍を含めて当店でも人気の作家です。クラフト時代の作品では、猫、犬というテーマで文学アンソロジーを作った「犬」、「猫」(中央公論新社各900円/絶版)が、個人的にはベストだと思います。装幀のセンスの良さ、それぞれに登場する犬、猫のキャラの可愛らしさもさることながら、例えば猫編で取り上げられている寺田寅彦の「猫 子猫(大正10年発表」は寺田のエッセイストとして質の高さが伝わってきます。また、犬編で取り上げられている徳川夢声のユーモア溢れる「トム公の居候」など、選ばれた作品がどれも楽しい。

吉田のソロワークは、小説、エッセイと沢山あります。ややシュールな展開をする小説には好き嫌いもあると思いますが、「それからはスープのことばかり考えて暮らした」(暮らしの手帳社950円/絶版)などは、特に起伏のあるストーリー展開ではないのに、何故か心に残る小説です。

仕事を辞めた青年が、新しい町に来て、白い十字架が見える家を見つけ、「朝、起きると、まずカーテンをあけ、窓の向こうの白い十字架を眺めて煙草を一本吸う。この十字架も雲と光の加減で、日々、表情が変わってゆく。」という日々を見つめた小説で、初期の村上春樹っぽいニュアンスもありますが、登場するサンドイッチや、ポタージュといった小道具の使い方が絶妙です。

装幀には拘った本作りをしていますが、最近の作品「ブランケット・ブルームの星形乗車券」(幻冬舎1728円)は凝りに凝っています。本の上半分がイラストになっていて文章は下半分に集約されています。絵本のような、小説のような不思議な世界が展開します。

 

吉田篤弘の新刊「京都で考えた」ご予約お待ちしております。 

 

 

 

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真右・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします)