兵庫県豊岡発のミニプレス「弁当と傘」(600円)3号発売開始です。

3号の特集は「私たちが出会いたかったひと」。素晴らしい特集です。

最初は、芹沢銈介のお弟子さんだった型染め作家寺口敬子さんです。内弟子時代に本物を見る目を養った話が書かれています。

「美の奥深くにある風情というものを知った。内面から出てくる感覚を大切に、ものの見方を育てる。技術はもちろんかけがえのないものづくりの精神を培った。」

とはご本人のお言葉です。ご本人の作品や、お住まい、工房の写真がたくさん載っているのですが、どの空間にも気持ちよさが溢れています。

次に登場するは「ナチュラルキッチンジネンアン」を営む岸本ご夫妻。わずか200人足らずの小さな集落にある地産地消を旨とするお店です。店内にはハンモックが掛かっていて、ランチの後ここでうつらうつらできれば幸せでしょうねぇ。

とこんな感じで、行ってみたい場所、会いたい人が目白押しです。生活環境は異なっても、みんな笑顔がとてもいい表情です。きっと心地よい春風が吹き抜けているにちがいありません。

 

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先ずは、この詩をお読みください

「どうして人の体からは/きたないものばかりが出てくるんだろう/うんこやおしっこ/汗やフケや洟や垢や膿やおならや言葉/出しても出しても/またわいてくる/どこに/こんなにつまっているんだろう/

まるで汚物のかたまりみたいだな

すべてを吐き出し終えて/ひとは自分の命を終える/ぼくもまた/いつかどこかで糞を出しつくして死ぬだろう

空に/風船があがってゆく

春の土手に座って/こどもといっしょにそれを見ながら/思う/死ぬ時は/ちょうどあんな具合に帰っていくかもしれないな/初めてこの世に出てきた日のように/ぼくらを/元通りの空っぽにして」

これは、夏葉社から復刊された高階杞一の詩集「早く家に帰りたい」(1890円)です。4歳の誕生日を迎える直前に難病で世を去った息子さんへ、様々な思いを詩というスタイルで綴ったものです。1995年偕成社より刊行され大きな反響を呼びました。そして、今回、いつも素敵な本を出版する夏葉社からめでたく復刊されました。

夏葉社は島田さんという方がお一人でされている出版社です。謙虚で実直、笑顔の素敵な彼の出す本はすべて在庫しています。いつも店に置いておきたい本ばかりです。手触りのいい装丁も魅力です。夏葉社の本をきちんと陳列している店に出会うとその店が好きになるのは、きっと彼の本が醸し出す優しさと暖かさでほわ〜んとなるからでしょうね。

 

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京都発文芸誌APIED最新号(630円)入荷しました。特集はアンデルセンです。あっ〜「マッチ売りの少女」、「人魚姫」の作家ね、という方もいらっしゃるかと思いますが、なかなか奥が深い。

多彩な執筆者が、それぞれの「アンデルセン」を語っています。

管ゆかりさんの「人魚姫へ」という項では、「しゃべれない人魚姫へ手話を教えてあげたい」と書かれておられます。声を無くした姫が最も言いたかった言葉を、手話に置き換えて「嵐(暴風+雨)夜 私 あなた 救った」と単語を並べればいいという指摘には説得力がありました。

あるいは、森鴎外の翻訳で名を上げた「即興詩人」と、SF小説の傑作「夏への扉」(ロバート・A・ハインライン)との類似点から論じる千野帽子さんの「チープで通俗なアンデルセンの魅力」は刺激的でした。また、見事な色彩で製作された映画「赤い靴」は原作以上に有名ですが、原作には踊りを止めない足を、その赤い靴ごと切り落としてしまい、松葉杖をついた主人公が教会の前で、赤い靴だけが踊っていることを引合に出して、「赤い靴」の世界観を語る砂岸あろさんの文章では、アンデルセン観を引っくり返されました。

で、改めて店にある岩波文庫版の「絵のない絵本」を読んでみました。お月さまが、夜な夜なやってきて主人公のまずしい若者に、様々な話をするというお話ですが、気分はダークファンタジーです。なんと、多くの死者が登場することか!

アンデルセンさんごめんなさい。もう一度読み直します。

 

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新しい豊かさを模索することをテーマに掲げたミニプレス「shuku shuku」の2号(800円)が入荷しました。テーマは「いい服」。

部屋を片付けたとき、いらない服を前にして思う事をこう書いてあります。

「山積みになったいらない服を友達にあげたり、フリマで売ったり、やむなく捨てたりしながら、心に湧いて来るこの疑問……..」

「いい服ってなんだろう」

そこから、この雑誌は3人のデザイナーと2人のセレクトショップオーナーに話を聴き、服について深く考えることを始めます。「記号」としてのファッション(消費材としてのファッション)ではなく、服を着ることを生きることの一部として展開するブランドオーナーや、陶器のボタンを使用したシャツを作るショップオーナーの話など、いわゆるファション雑誌とは、全く違った視点で「服」を捉えていきます。

後半で、哲学者、國分功一朗の「浪費としてのファッションは可能か」という刺激的な論考もあります。「衣服哲学」という初めて聴く言葉が登場して「浪費」と「消費」の差異を教えてもらいました。

1号では、誌面作りに未熟な部分もあって、それが初々しく感じたのですが、2号になると写真の配置や、全体のレイアウトも格段にスマートになって読みやすくなっています。スマートになったからと言って、もちろん内容が薄められたわけではありません。

ファッション関連の本では、山田登世子「モードの帝国」(筑摩書房1400円)、海野弘「ココ・シャネルの星座」(中公文庫200円)、秦早穂子「シャネル20世紀のスタイル」(文化出版局1200円)、ソニア・リキエル「裸で生きたい」(文化出版局600円)等、少数ですが置いています。

 

 

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「日々」、今回の特集は「籠が好き」です。大体こういう特集の巻頭を飾るのは、ちょっと可愛らしい女の子が、いかにも手づくりの籠を持ったポートレイトですが、さすが「日々」です。なんと、「かご男子」の特集からスタートです。それぞれ素敵な男子ですが、おっ!と思ったのは「食堂アンチへブリンガン」オーナーシェフの大久保さん。自転車に乗って籠をぶら下げて築地へお買い物。行った事がないけどお店の雰囲気まで見えてきそうです。気に入ったのはお店の名前。小津安二郎の映画「秋日和」に登場する架空の薬の名前で、このクスリを巡って楽しいやりとりが映画で観る事ができます。

籠を巡る楽しい記事は続きます。伊藤まさ子さんや、飛田和緒さんがお気に入りの籠を持たれている写真や、日本の籠、外国の籠といろんなジャンルに分けた写真、素材別の籠、さらには籠の多種多様な使い方の写真まで、籠の魅力に満ちた号です。945円です。

 

一方、津発の「kalas」19号のコンセプトは「幸せな孤立」。地方から発信しているつもりが、いつの間にやら画一的な言葉でモノ、ヒト、マチを語っている自分に気付いた時、その画一化の危険に対峙しつつ、いかに新しい発想で見つめるかをコンセプトにした特集です。この雑誌の優れた点は、先ずコンセプトを決めて、それに沿って津の町に生きる人達を探し求めることです。精肉屋さん、タオル屋さん、大工仕事の傍ら、版木製作に打ち込む職人、そして詩人と、この町で、それぞれの言葉で、それぞれの方法で生きている人達が紹介されています。

津発の雑誌ですが、津に拘ることなく、ほんとカラスみたいに方々へ飛んで行きます。岐阜へ、尾道へと「わが町」に生きる魅力的な人、場所を求めて移動します。岐阜で開催の「ハロー!やながせ」にも注目。メインイベントの「一箱古本市」のスタッフでもある愛すべき古書店「徒然舎」の廣瀬さんの写真も載っていました。可愛らしいカラスの栞付きで600円です

ところで、農文協が発行している雑誌「うかたま」で「津的なモノ巡り」という特集でkalas×うかたまのコラボ記事が読めます。

特報!!

公共施設をめぐるミニプレス「しのそのへ」の最新号は、ついに京都です。巡る場所は、京都市動物園そして、後二箇所。これが、オ〜〜〜〜と、京都人でもあんまり行かない場所でした。さて、それは??発売まで、もう少しお待ち下さい。

 

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当店で大人気のミニプレス「murmur magazine」の最新号が入ってきました。

18号の特集は「弓田ごはん」です。なにそれ?という方のために解説します。パティシェ弓田亭さんは、渡仏していた時、フランスの野菜の力強さと、一方日本の野菜の力が弱っていることに気づきました。そして数年かかって研究し、弱々しい野菜を使って、たくましく、力強い味を出すルネサンスご飯=弓田ご飯を生み出しました。

「いりこ、昆布、鰹節など、昔ながらの日本の乾物をたっぷり使います。出汁に使った乾物も丸ごと、食べます。味噌、海塩、岩塩をおそれず、使います。あく抜き、下ゆで、油抜きはしません。砂糖、みりんも使いません。お米も洗いません。野菜は皮ごと食べます。電子レンジは使いません」

こうして食物の持つ力を最大限に引き出した料理法なのです。

その後、弓田さんへのインタビュー「いのちが元気になる食べ物のはなし」、「あなたにも必ずつくれる弓田ごはん きほんのき」、「編集部の弓田ごはん1週間」、「きほんの出汁のつくりかた」と盛り沢山の内容が続きます。

「自分もまわりの人も安心できる、しあわせにしてくれる、そういうものこそ大事。自分にとって何が一番大事か考えていかないと後悔する。」と弓田氏は指摘します。

「今ある価値を或る程度変えないと。大事に思っていることが、実はそんなに大事じゃないかもしれないって、ちょっと考えてみるといいと思うんですけれどもね。」

世の中を動かすのは経済だ、これ正しい。世の中の問題の95%は金で解決できる、これも正しい。でも、その価値観にだけぶら下がっていると、とんでもない負のスパイラルに落ち込んでしまいます。体験者が語る「わたしと弓田ごはん」という特集で、最初のうち、今までの料理の常識がまとわりついて、なかなか弓田ごはんに慣れなかった方が、とても楽で、自由な気持ちで料理することができたと前置きして、こう結論されています。

「弓田さんのごはんのつくりかたは、料理における解放だ」と。

先ずは、ごはんづくりから始めて、コチコチに固まった価値観を解放することにしましょう。

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オープン時からのお付き合い、滋賀県のミニプレス「cococu」の新しい号(Vol.4/500円)が出ました。今回の特集は「おうみのあそび」です。

「あそび」といっても、ここで語られるているのは「日々の生活をちょっと豊かなものにする」という「あそび」です。

遊ぶ少年たちを追いかけるカメラマン。

心身にハンディキャップをおった人達を支援する福祉センターで行われているねんど細工に手織り教室。

ご飯に沢庵だけという粗食のイメージをあっさりと裏切り、豊かな食事を楽しむお寺の日々の生活。

彼らへの取材を通して、どれも「あそび」の本質に迫っていきます。

お寺のご住職がおっしゃった「遊戯三昧」という仏教の言葉。これ、「心に任せて、自由自在に振る舞う」という教えですが、何事も心のままに楽しむことが、あそびの神髄ということでしょう。

「かえるさん」のコラムで、今世紀、脱出芸で一世を風靡したマジシャン、フーディーニーの関節をずらす、あり得ない筋肉の動きの技術を引合に出して、思考のあり方、対人関係で窮地の陥った時の対処をこう書かれています。

「自分の考えのつなぎ目をずらし、いつもは伸ばさない考えを伸ばしてみる。すると、問題と自分との間に『あそび』ができる。その『あそび』で気持ちをあちこち動かしてみる。そうすれば問題に考えを差し込む隙間が見つかるはずだ。かつてフーディーニーの身体に人びとが魅了されたのは、そこに精神の脱出を身出したからではないだろうか」

「あそび」とは、日々の人生の余裕ですね。生産性や、効率だけの仕事や、消費だけの生活では、行き詰まってしまいます。それを助けるのは、ギシギシした生活に取り込む「あそび」なんですね。

 

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沖縄から素敵なミニプレスが届きました。読谷村周辺で暮らすカメラマン、デザイナーに呼びかけ、沖縄で暮らすフツーの人達の生活を見つめた小冊子「手手」を発行した手手編集室が新たに出した「百年の食卓」です。サブタイトルは「おばぁとおじぃの暮らしとごはん」。

「むかし、むかし、野菜は買うものではありませんでした。広くなくとも土があれば、畑に。炊事のたびに収穫しては、みずみずしい味覚を食卓にのせました。小さな畑に、台所の神様に、手を合わせました。それを、今も当たり前に続けているおばぁたちがいます」

「はじめに」には、こう書かれていて、スタッフは、そんなおばぁやおじぃを訪ねていきます。最初に登場するのは、1919年生まれの平良澄子さん。大潮の日、ウニや貝を取っている姿が素敵です。老婆が腰を屈めて、水中を覗いているというだけの写真ですが、豊かな海の幸の香りが漂います。ページをめくると、「ある日の澄さんのお昼ごはん」と題して詳しく紹介されています。その食卓の豊かさ。

ページをくってゆくと、おばぁ、おじぃがどんどん紹介されていきます。みなさん、大正生まれですが、笑顔が魅力的で生きているのが心底楽しそうです。そして、その原点が食事。別に凝った料理ではありません。「ヤンバルタケノコとコンニャクの煮物」とか「切り干し大根と昆布の炒め煮」とか、フツーの料理です。

最後に登場するのは平良マツさん。明治41年生まれですから、100歳を超しておられますが、「自分で何でもやるから元気なんだよ」と今でも畑に出ておられる写真が載っています。畑と食事がストレートにつながっていることが健康の源みたいです。

ところで、このおばぁ、おじぃを取材したのが沖縄本島北部の大宜味村。この村は長寿の里です。ここではこう言われています

80歳はさらわさび(童)100歳で咲かそうヌチ(命)の花

花を咲かせている人達の顔を見ているだけで、こちらも幸せになってきます。本日より600円で販売開始です。

 

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今、レティシア書房で個展開催中の、5*SEASONさんが作られた絵本「けいこちゃんの夏いらんか絵?」は、「東京オリンピック」をリアルタイムで観た世代には、懐かしさいっぱいの絵本です。

クーラーはなく、打ち水と扇風機だけで結構涼しく暮せた夏の生活。と言っても、クーラーで冷えた部屋で過ごす世代には理解できないでしょうが、それは、もしかしたらめちゃくちゃ不幸なことかも。昨今の夏の暑さは、もう地獄の窯でゆでられるような、人に対して極めて攻撃的な暑さですが、この絵本に描かれている夏の暑さは、夏休みを過ごす子どものお友達でした。そして、元気に咲くひまわりも、祇園祭のお囃子も、パーフパーフと鳴りもの入りでお豆腐を売りに来るおっちゃんも、海も、川も、山も、みんな眩しく輝くお友達でした。

川でひと泳ぎして、縁側でお昼寝、BGMはせみの合唱。(この鳴き声も、今はBGMを通り越して騒音になりつつあるのは、こちらのせいか、環境のせいか)突然の雷雨、入道雲、池の蛙のコーラス、夜店の風船つりなど、夏は毎日素敵なイベントを運んできました。

昔は良かったね、と懐かしがっているのではありません。夏の暑さが友達だった時代が過去になってしまったことの悲しさを感じてしまいます。この絵本の中に、暑いので、服を着ず上半身裸のおばあちゃんが出てきます。実際、そういう女性は周囲におられました。今なら通報されかねませんが、当時は街も、社会も、誰も何も言いませんでした。だって、暑いんだもん。いつの間にか、夏の暑さは逃げるもの、撃退するものになってしまったみたいです。せめて、この絵本でその楽しさを味わっていただきたいと思います。(2000円)

5*SEASONさんから、奈良市内で無料配布されている小冊子「工房街道浮世噺」をいただきました。収められている永野春樹さんの小説「北風の画家」を読みましたが、ツボを得た小説というべき一編です。O・ヘンリーの短編を常盤新平が翻訳したものを読んだ感じです。よくあるお話ですが、物語を読む楽しさが味わえて、15分あれば読めます。奈良散策の時にでも、お探しください。

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高遠発のミニプレス「きっと」(500円)入荷しました。高遠?どこ。正確にいえば長野県伊那市高遠町です。と言われても。京都近辺にお住まいの方には想像できないでしょうね。もちろん私もそうです。

先日、岐阜の古書店「徒然舎」にお邪魔した時、お店に「きっと5号」がありました。山の中の道を行く三人の少年の後ろ姿を捉えた写真が表紙でした。そしてこう書かれてあります。「高遠発 小さな出会い ひと・もの・くらし」と。早速購入して読み始めました。

「うちの手仕事、みんなの手仕事」では竹でつくる魚籠の作り方が載っています。不器用な私には到底できそうにありませんが、誰かトライして鴨川に設置してはいかがでしょうか?

そして「おいしい ものの はなし」という特集が続きます。「りんごの木の下で」では善積農園にりんご畑を見に行くお話です。この農園を切り盛りするご夫婦のお母様はすごい方です。13年前、それまで住んでいた京都を離れ、愛犬と長野農業大学へ入学。御年50歳で、未経験で、ひとりで、農業で暮しを立てていくのは無謀でしかありません。しかし、

「やればできるという根拠のない自信があった」

と農耕生活に突入。りんごが好きだったというだけの理由で、りんご農園の道を歩み出す。その苦労は想像に余りありますが、ひたすら美味しいりんご作りに邁進する。そして、彼女のお嬢様も、デザイン関係の仕事を生まれ育った京都でされていたにもかかわらず、方向転換して農園に参加、ご主人と共にりんご農園業に携わる。京都に、こんな人がいたんですね。

そして「おいしい ものの はなし」2では自然製天然醗酵のパン屋さん「土ころ」が紹介されています。お店のパンの写真が並んでいます。固そう…….。「噛めば噛むほど味の出る固いパン」とオーナーもおっしゃっています。街中にあるようなおっしゃれぇ〜なパン屋さんではありません。素朴な、あまりにも素朴すぎるパン屋さんみたいですが、ガラガラと扉を開けて入れば、きっといい匂いが漂ってきそうです。

長野県伊那市高遠町。どこそこ? でも、その小さな町にも愛すべきひと、もの、くらしがあり、それを丁寧に取材しているのが素敵なミニプレスだと思います。ミニプレスコーナーにバックナンバーも含めて展開中です。

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